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生涯旅人、賀曽利隆の旅日記 60代編

アドレス日本巡礼[359]

投稿日:2016年5月22日

筑波山にやってきた

坂東三十三ヵ所めぐり 2009年6月14日

筑波山に向かって走る!

筑波山に向かって走る!

第25番の大御堂

第25番の大御堂

筑波山神社の楼門

筑波山神社の楼門

筑波山神社の楼門の倭建命像

筑波山神社の楼門の倭建命像

筑波山神社の拝殿

筑波山神社の拝殿

筑波山神社境内の「ガマの油売り」

筑波山神社境内の「ガマの油売り」

清瀧観音の石段

清瀧観音の石段

清瀧観音の山門

清瀧観音の山門

清瀧観音の本堂

清瀧観音の本堂

土浦のコンビニで昼食にする

土浦のコンビニで昼食にする

 関東の名山、筑波山にやってきた。まずは「坂東三十三ヵ所」第25番札所の大御堂を参拝。神仏混淆の名残をとどめる筑波山なので、筑波山神社の鳥居をくぐっていく。本尊は十一面千手観音。木彫の本尊は昭和13年の山津波で流されて土砂に埋没したが、無傷で掘り出された。災害をものともしない霊力のある観音ということで、多くに人たちがやってくる。大御堂の前身は知足院中禅寺。筑波山を訪れた弘法大師が真言密教の道場として、知足院中禅寺と名づけたという。

 次に大御堂の隣の筑波山神社へ。豪壮な造りの楼門には倭建命像がまつられている。楼門をくぐると拝殿。本殿は筑波山の山頂にある。筑波山は男体山(870m)と女体山(877m)の2つの峰から成る双耳峰で、男体山の本殿には筑波男ノ神(伊弉諾尊)、女体山の本殿には筑波女ノ神(伊弉冊尊)がまつられている。近くの宮脇駅からケーブルカーで山頂駅まで登れるが、山頂駅は男体山と女体山の間にある。江戸時代には将軍家の祈願所として厚い保護を受け、神領は広大なものだった。

 明治維新の神仏分離令までは知足院中禅寺と筑波山神社は同体だったが、その後の廃仏毀釈で知足院中禅寺は取り壊され、昭和5年に大御堂だけが再建された。

 つづいて第26番札所の清瀧観音(清瀧寺)へ。ここが茨城県内最後の札所であり、北関東編最後の札所にもなる。急な石段を登り、山門をくぐって本堂へ。本尊は聖観音。清瀧観音の参拝を終えると、意気揚々とした気分で土浦の町中に入っていった。

 茨城県内の札所めぐりを終えたところで、最後にどうしても行ってみたいところがあった。それは「古河」。茨城県最西端の町だ。地図を見ればすぐにわかることだが、ここはじつにわかりにくい。茨城県、栃木県、埼玉県の3県が絡み合っている。その境目を自分の目で見極めようというのだ。

 土浦から国道354号を西へ。新国道4号を横切り、国道4号との交差点まで行く。この交差点を左折し、茨城・埼玉県境の利根川を渡った。埼玉県側から茨城県側に戻ると、国道4号旧道の県道261号で古河の町に入っていく。JR宇都宮線の古河駅に立ち寄り、古河の町並みを走り抜けると茨城・栃木の県境を通過。そのすぐ先で国道4号に合流する。その地点で折り返し、ふたたび古河の中心街を走り抜け、国道354号で三国橋を渡って埼玉県に入り、東武鉄道の新古河駅前まで行った。利根川の支流、渡良瀬川にかかる三国橋は下野国、下総国、武蔵国の3国国境。茨城県の古河は旧国でいうと、常陸国ではなく下総国なのだ。

 古河での境目をしっかり我が目で見たところで、国道354号で土浦に戻った。天気は一気に崩れ、雨が降ってくる。コンビニで握りずしとサラダを買い込むと、土浦駅東口の「東横イン」に泊まった。シャワーを浴びてさっぱりしたところで、カンビールを飲みながらコンビニ弁当のサラダ&握りずしを食べた。「坂東三十三ヵ所めぐり」もいよいよ残すところは千葉県内だけになった。

茨城・埼玉の県境茨城・埼玉の県境を流れる利根川古河の町に入っていく

茨城・埼玉の県境+ 茨城・埼玉の県境を流れる利根川 古河の町に入っていく

古河の中心街土浦に戻ってきた夕食のコンビニ弁当

古河の中心街 土浦に戻ってきた 夕食のコンビニ弁当

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