カソリング

生涯旅人、賀曽利隆の旅日記 60代編

巡礼編 日本百観音霊場めぐり

日本人の厚い信仰心を肌で感じた百観音めぐり

「60代編日本一周・第2部」の「巡礼編」では、「四国八十八ヵ所」につづいて、スズキ・アドレスV125Gを走らせ、「西国三十三ヵ所」、「坂東三十三ヵ所」、「秩父三十四ヵ所」の「日本百観音霊場」をめぐった。
「日本百観音霊場めぐり」を成しとげたおかげで、日本という国がますますおもしろくなったし、十一面観音、千手観音、聖観音…と様々な観音たちに出会い、日本人の観音への厚い信仰心をも知った。

西国三十三ヵ所めぐり






















「西国三十三ヵ所」では第1番の南紀・青岸渡寺を皮切りに、札所をめぐりながら絶えず「西国」を意識して関西圏をまわった。兵庫・岡山県境、兵庫・鳥取県境、滋賀・福井県境、滋賀・岐阜県境、奈良・三重県境と県境まで行き、「おー、ここまでが関西(近畿)なのか」と、そのたびごとに関西圏を確認するのだった。境を見るというのはきわめておもしろいことだし、大事なことだとあらためて教えられた気がした。

「西国三十三ヵ所」でひとつおもしろいのは、満願の第33番の華厳寺が関ヶ原を越えた「東国」(岐阜県・谷汲)にあるということだった。なぜだろうと不思議でならなかったのだが、中山道の柏原宿(近江・美濃国境の近江側)にある成菩提寺を訪ねたときにその疑問が解けた。今ではほとんど人もいかないような寂れた山寺の成菩提寺だが、最も栄えたという江戸時代初期の頃には64寺もの末寺を持つ大寺だったという。徳川家康の知恵袋、天海僧正が住職を勤めたこともあるような寺だった。その西国東端にある成菩提寺末寺のひとつが谷汲の華厳寺だったのだ。

坂東三十三ヵ所めぐり









「坂東三十三ヵ所」は第1番、鎌倉の杉本観音からまわりはじめたが、さすが鎌倉で4番までが鎌倉とその周辺にある。5番が小田原、6番が厚木、7番が平塚、8番が座間で、何と我が家(伊勢原)の周辺には4ヵ所もの札所があった。これなども新たな発見。自分の足元というのはなかなか目を向けないものだが、そこにおもしろいものが隠されてるという見本を見るかのようだった。

「坂東三十三ヵ所」の札所は関東全域に散らばっているが、東京都内にあるのは第15番の浅草寺(浅草観音)だけ。それは江戸幕府誕生以前の東京が、いかに文化程度の低いところであったかを証明しているかのようだった。

秩父三十四ヵ所めぐり



「秩父三十四ヵ所」では札所をめぐりながら、秩父盆地をとりまく山々の峠まで行った。そのたびに「峠の国・秩父」を実感。満願の第34番は水潜寺。本堂(観音堂)に参拝したあと百観音の結願堂の前に立ち、手を合わせた。そのときは胸にジーンとこみ上げるものがあり、「西国」、「坂東」、「秩父」と百観音をめぐった様々なシーンが目に浮かんでくるのだった。

番外編チベット横断

アルバム

西国三十三ヵ所めぐり
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那智の滝
第1番の青岸渡寺


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第2番の紀三井寺
第4番施福寺への山道


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高見峠
第8番長谷寺の回廊


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第16番の清水寺
第33番の華厳寺


坂東三十三ヵ所めぐり
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第1番の杉本観音
東海道の平塚宿


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第6番の飯山観音
第7番の金目観音


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ひと晩泊まった百穴温泉
第13番の浅草寺


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第15番の白岩観音
第16番の水沢観音


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第19番の大谷観音
第33番の那古観音


秩父三十四ヵ所めぐり
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第1番の四萬部寺
第4番の金昌寺


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秩父の山中を走る
第32番の法性寺


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第34番の水潜寺にやってきた
日本橋にゴール!


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横須賀のバイクショップ「サカエオート」のみなさんに大歓迎された!