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生涯旅人、賀曽利隆の旅日記 60代編

アドレス日本一周 west[152]

投稿日:2013年5月6日

九州最東端

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 日豊海岸の蒲江を出発。アドレスを走らせ、海沿いのルートを行く。入り組んだリアス式の海岸がつづく。国道388号を離れ、海沿いのルートで尾浦に向かう。ところが大崩落で通行不能。いったん国道388号に戻り、県道501号で尾浦トンネルを抜けて尾浦に出た。
 尾浦からさらに県道501号を走り水米津へ。そこから豊後水道に突き出た小半島(九州最東端の半島なのに半島名はついていない)に入り、九州最東端の鶴御崎を目指した。トンネルを抜けて半島の北側に出ると、やがて大島が見えてくる。この豊後大島も日本に数多くある「大島」のひとつ。佐伯から連絡船が出ている。
 九州最東端の漁港、梶寄漁港から鶴御崎への道に入っていく。以前は有料だったが、今は無料だ。岬の駐車場に着くと、アドレスを止め、遊歩道を歩いた。岬の突端には「九州最東端」の木碑が立っている。ここからは断崖となって海に落ちる小半島の先端と大島が見える。目の向きを変えると、豊後水道の水平線上にはうっすらと霞んで四国が見えた。
 次に鶴御埼灯台に行く。灯台の展望台からも水平線上に霞む四国を見た。対岸は由良半島突端の由良岬になる。
 鶴御崎は戦前までは一般人の立ち入ることのできない要塞地帯だった。
 ここでは戦時中に悲惨な事故が起きている。昭和17年1月11日、実射の暴発により連隊長以下16名が殉死し、要塞も壊滅的な被害を受けた。急きょ、近隣の町村から連日600人以上を強制的に徴用し、人海戦術で、その年の9月には15糎カノン砲4門を据え付けたという。
 鶴御崎はそんな時代の証言者であり、日本の戦時中のすさまじさを今に伝える舞台にもなっている。

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養殖の盛んな蒲江の海
海沿いの道は大崩落


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九州最東端の鶴御崎が見えてくる
梶寄漁港


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鶴御崎への道
岬の下を作業船が通り過ぎていく


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鶴御崎突端の「九州最東端碑」
鶴御崎からの眺め


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鶴御埼灯台
鶴御埼灯台の展望台


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鶴御埼灯台を遠望
沖合の大島を見る


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