カソリング

生涯旅人、賀曽利隆の旅日記 60代編

奥の細道紀行[80]

投稿日:2016年12月29日

素龍清書本が残る旧家

福井県敦賀市/2009年

 敦賀半島の色浜(種の浜)から敦賀に戻ると、国道27号旧道の県道225号で関峠まで行ってみる。新道は長いトンネルで峠を抜けていくが、旧道は峠越えの道。交通量は少ない。旧道に沿ってJR小浜線の線路が通っている。関峠の真上でスズキST250を停めたが、ここが越前と若狭の国境になる。

 敦賀は越前の一宮、気比神宮があることでもわかるように越前国になる。だが町の中心からバイクをちょっと走らせれば国境の関峠に着くことからもわかるように、敦賀は限りなく若狭に近い。敦賀から越前の中心の武生に向かう時は、目の前に立ちふさがる大山塊を越えていかなくてはならないのだ。鉄道にしても北陸道にしても、その大山塊を長大なトンネルで抜けている。国道8号は大きく北へと迂回している。

 このような越前の外れの地で、ポツンと取り残されたかのような敦賀の町が発達し、繁栄をとげたのは、敦賀湾奥の敦賀港があったからだ。

 敦賀は江戸時代の日本海航路の最重要港といっていい。コンブや干ニシンなどの北海の産物を満載にした北前船は敦賀で大半の荷を降ろした。それらは陸路と琵琶湖の船運で京都や大坂(大阪)に運ばれた。敦賀の気比の松原近くには北前船時代のニシン倉が残っている。

 越前・若狭国境の関峠から再度、敦賀に戻ると、気比神宮を参拝する。朝はガランとしていた境内は縁日でにぎわっていた。気比神宮を後にすると、芭蕉の足跡を追って国道8号で福井・滋賀県境の峠に向かっていく。

 芭蕉は福井から同行した洞哉(等栽)と別れ、この地まで出迎えてくれた路通と一緒に敦賀を出発した。8月19日(陽暦の10月2日)のことだった。

 国道161号との分岐を過ぎ、長い上り坂を登っていくと県境の峠に到着。この峠には名前はついていない。旧国名でいえば越前・近江国境の峠になる。峠近くの旧道沿いには新道の集落があるので、「新道の峠」といわれることもある。

 県境の峠のわずかに手前、敦賀側から行くと、国道8号の右側に峠茶屋「孫兵衛」がある。ここは新道の西村家がやっている店。ST250を停め、店に入った。ここはじつはすごい所。西村家というのは、国の重要文化財にもなっている「おくの細道素龍清書本」を所蔵している旧家なのである。

 芭蕉は「奥の細道」の旅を終えると、5年もの歳月をかけて『おくのほそ道』を書き上げた。それは推敲に推敲を重ねたもので、芭蕉の晩年のすべてをかけた本といっていい。それを能書家の素龍に清書させたものが「素龍清書本」。芭蕉はその清書本を頭陀袋に入れ、伊賀上野にいる兄に贈った。

 間近に迫った死を予感し、最も世話になった兄に形見として贈ったものだが、それは元禄7年(1694年)の春のことだといわれている。その年の10月12日(陽暦の11月28日)、

  旅に病んで夢は枯野をかけ廻る

 の辞世の句を残し、芭蕉は大坂(大阪)で死んだ。51歳だった。

『おくのほそ道』が京都の井筒屋庄兵衛によって出版されたのは、その8年後の元禄15年(1702年)のことになる。

「おくの細道素龍清書本」は芭蕉の旅と同じように数奇な運命をたどることになる。

 次々と所有者が変わり、最後に敦賀・新道の西村家の所蔵となった。文化元年(1804年)の頃だといわれている。「素龍清書本」が「西村本」といわれるのはそのためだ。

 西村家には大変失礼なことだが、
「何で、よりによって…、ここなの?」
 といいたくなるような所に残っている。

 峠茶屋「孫兵衛」の店の奥には「素龍清書本(複製版)」がガラスケースの中に入れられ、展示されている。

 それを目にしたときは、
「すごいものを見た!」
 というのが実感で、体が震えるような思いがした。

 なお、原本は西村家の土蔵に大切に保管されているという。

 西村家の峠茶屋「孫兵衛」で名物の「とろろそば」を食べ、さー、出発だ。

 県境の峠を越え、福井県から滋賀県に入っていく。峠を下っていくと琵琶湖が見えてくる。琵琶湖の湖岸を走り、豊臣秀吉軍と柴田勝家軍が壮絶な戦いをした賤ヶ岳の古戦場下を通り、木之本に到着。芭蕉はここでひと晩泊まっている。

 木之本は北国街道の宿場町。今でも旧街道沿いには古い家並みがそっくりそのまま残っている。北国街道は敦賀経由ではなく、木之本から栃ノ木峠を越え、今庄、府中(武生)、福井、さらには金沢へと通じていた。

笙の川を渡って敦賀の中心街へ

▲笙の川を渡って敦賀の中心街へ

気比神宮の参道には縁日の屋台が出ていた

▲気比神宮の参道には縁日の屋台が出ていた

国道8号と国道161号の分岐点

▲国道8号と国道161号の分岐点

国道8号旧道沿いの新道の集落

▲国道8号旧道沿いの新道の集落

国道8号沿いの峠茶屋「孫兵衛」

▲国道8号沿いの峠茶屋「孫兵衛」

峠の茶屋「孫兵衛」前に建つ「芭蕉と西村家」の碑

▲峠の茶屋「孫兵衛」前に建つ「芭蕉と西村家」の碑

峠の茶屋「孫兵衛」の「おくの細道素龍清書本」

▲峠の茶屋「孫兵衛」の「おくの細道素龍清書本」

峠の茶屋「孫兵衛」の「とろろそば」

▲峠の茶屋「孫兵衛」の「とろろそば」

琵琶湖が見えてくる

▲琵琶湖が見えてくる

北国街道の木之本宿

▲北国街道の木之本宿

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