カソリング

生涯旅人、賀曽利隆の旅日記 60代編

10月27日

投稿日:2009年10月28日

「東横イン盛岡駅前」の「おにぎり&味噌汁」の朝食を食べ、7時30分出発。雨が降っている。雨具を着て走り出すのは何ともいやなものだ。北上川にかかる開運橋を渡り、県庁前を通ってR4に出る。R4を南下するにつれて雨は小降りになり、花巻に着くころには止んだ。昨日から降られっぱなしだったのでうれしい。

花巻ではスズキDRーZ400Sを止め、北上川の堤防上の道を「イギリス海岸」まで歩いた。ここは花巻生まれの宮沢賢治命名の地。賢治の大好きな所だったという。川岸の露出した白っぽい岩がイギリスのドーバーのホワイトクリフ(白い断崖)を連想させるので「イギリス海岸」なのだという。だが昨日の大雨で水量を増した北上川は川幅あっぱいに流れ、「イギリス海岸」とはほど遠い光景。そんな北上川の河畔にしばしたたずみ、ドーバー海峡をフェリーで渡ったときのことを思い出していた。フランスのカレーから、ベルギーのオーステンデからドーバーに向かったのだが、ホワイトクリフが見えてくると、「あー、イギリスだ」と胸を熱くさせた。ロンドンでは旅の資金が底をつき、2度、バイトをしたことがある。ある程度の金を貯めるとドーバー海峡のフェリーでバイクともども大陸に渡ったのだが、離れゆくホワイトクリフを見ていると、「さー、やるぞ!」という気分になるのだった。ぼくにとっても大好きな忘れられないイギリスの「イギリス海岸」なのだ。

北上川の「イギリス海岸」を見たからにはと、北上川を渡った高台上にある「宮沢賢治記念館」を見学する。賢治人気を物語るかのように、平日の午前中にもかかわらず、かなりの人たちが記念館を見学していた。ここでは花巻で生まれ、37歳という短い生涯を終えた宮沢賢治の一生が目で見て、よくわかるようになっている。年配の婦人2人が賢治について話していたが、その中の「賢治は100年分の人生を生きたのよねー」という言葉が頭に残った。「渋民」の石川啄木、「花巻」の宮沢賢治。2人とも岩手の生んだ偉人だが、ともに今の時代まで強い影響を残しているところがすごい。

「宮沢賢治記念館」前のレストラン「山猫軒」で「イーハトーブ定食」を食べて出発。花巻からは北上、水沢と通り、平泉へ。奥州街道の往路編でも立ち寄った中尊寺を参拝する。見事な紅葉に目を奪われた。それと中国人観光客の多さにも「おー!」という気分で驚かされた。往路編のときもおおかったが、復路編ではそれ以上だ。今年は夏には「チベット横断」を一番の目的にして、中国製のバイクで「西安→カシュガル」を走った。このあと12月にはスズキの125ccスクーター、アドレスV125Gで「広州→上海」を走ることになっている。それだけに、「よー、同朋!」といった気分で、みなさんには「ようこそ日本へ!」と声をかけたかった。

中尊寺の参拝を終えると、ふたたびR4を南下。奥州街道の往路編ではひと晩泊まった一関を通り過ぎ、岩手県から宮城県に入る。古川ではR4沿いの店「もちべい」で名物の「ずんだラーメン」を食べた。枝豆をすり下ろした「ずんだ」を練り込んだ麺。緑色をしたラーメンだ。中には力うどん風に餅が入っている。それに「ずんだ餅」のついたセットを食べた。いやー、満足、満足。ずんだラーメン&ずんだ餅で元気が出たところで、すっかり暗くなったR4を走る。仙台、白石と通り、福島県に入る。福島、郡山と通り、22時30分、白河に到着。新幹線の新白河駅前の「東横イン」に泊まった。

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