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生涯旅人、賀曽利隆の旅日記 60代編

アドレス日本一周 west[78]

投稿日:2013年2月15日

名園と名城

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 10月15日。7時、「グリーンホテル」の朝食。和定食を食べる。
 スズキの125ccスクーター、アドレスV125Gに、
「さー、行くぞ!」
 と、いつものようにひと声かけて出発。時間は8時ジャストだ。
 市電の終点、健軍まで行き、電停前の「小笠原写真館」を訪ねる。なつかしの小笠原さんとの再会。「50代編日本一周」以来なので、10年ぶりということになる。店内でコーヒーをいただきながら、しばしの歓談。ツーリング談義を楽しんだ。
 健軍から熊本市内に戻り、まずは水前寺公園(入園料400円)を歩く。ここの正式な名称は「水前寺成趣園」。熊本藩主細川家三代によって造られた桃山式の回遊庭園だ。公園の真中には大きな池がある。池の底から膨大な阿蘇の伏流水が湧き出ている。この池を中心にした築山や浮石、松の植栽などは東海道53次の景色を描いているという。その中でも富士山を模した築山が目を引く。最後に公園内の出水神社を参拝。肥後細川家の歴代藩主をまつる神社で、創建は明治以降のことだという。
 次に「日本三名城」の熊本城(入場料500円)を歩く。ここでは大勢の韓国からのツアー客と一緒になった。あちこちで韓国語の飛び交う中、城内をまわった。
 熊本城は関ヶ原後、肥後一国52万石の領主となった加藤清正が慶長11年(1606年)に完成させた。翌12年にそれまでの「隈本」を「熊本」に変えた。
 熊本城の天守閣は大天守と小天守から成っている。大天守は3層6階、小天守は2層4階。49の櫓、18の櫓門、29の城門を持つ熊本城は日本でも最大級の城だったが、残念ながら西南戦争でその大半を焼失した。
 現在の熊本城の天守閣は1960年に再建されたもの。天守閣内は熊本博物館の分室になっている。1階には加藤氏の時代、2階にはそのあと熊本に入った細川氏の時代、3階には西南戦争の資料が展示されている。最上階の展望所からは熊本の市街地を一望だ。
 見事な石垣の上にのった宇土櫓は唯一、昔からのもの。3層5階の多層櫓で、天守閣と見間違えるほど。「三の天守」と呼ばれている。それにしても熊本城の清正流石垣は、見れば見るほど見事なものだ。さすが「肥後の石工」と思わせるものがある。

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「グリーンホテル」の部屋から見る熊本の中心街
「グリーンホテル」の朝食


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「グリーンホテル」を出発
健軍の電停前の「小笠原写真館」


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水前寺公園の池
水前寺公園の築山


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熊本城の石垣と宇土櫓
熊本城の天守閣


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大天守(左)と小天守
天守閣からの眺め


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