アドレス日本巡礼[304]
投稿日:2015年7月20日
東海道との追分に至る
大津を出発。中山道&東海道の大津宿を走り抜け、瀬田川にかかる「瀬田の唐橋」を渡る。交通量がまだ少ない時間帯なので、橋の上でアドレスを止め、瀬田川の流れを見ることができた。瀬田の唐橋よりも琵琶湖側には、国道1号の瀬田川大橋とJR東海道本線の鉄橋がかかっている。
「湖国・近江」はその名の通り、琵琶湖が中心の国。琵琶湖には近江を取り巻く伊賀や伊勢、美濃、越前、若狭、丹波、山城との国境を成す山々から何本もの川が流れ込んでいるが、琵琶湖から流れ出る川はこの瀬田川の1本だけしかない。瀬田川は滋賀県から京都府に入ると宇治川と名前を変え、宇治川ラインを流れ下り、京都盆地出口の山崎で桂川、木津川と合流し、淀川となって大阪湾に流れ出る。
瀬田川を渡った瀬田は古い歴史を残す町。この一帯はかつての近江の中心で国府が置かれ、国分寺が建立された。瀬田の街道沿いの町並みを抜けたところで近江の一宮、建部大社を参拝。祭神は日本武尊。日本武尊は父景行天皇の命により、わずか16歳にして熊襲を討ち、さらに東国の夷を平定し、32歳にして伊勢の能褒野で死んだ。このあたりのことは『古事記』や『日本書紀』の日本武尊の項に詳しい。
建部大社の参拝を終えると旧道をそのまま走り、国道1号を横切り、草津宿に入っていく。草津宿には往時の宿場の町並みががよく残っている。その中に「草津 街並み博物館」や「草津宿街道交流館」などがあり、立派な造りの「田中七左衛門本陣」は公開されている。この本陣の斜め前が中山道と東海道の追分。東海道は右に曲がり、中山道は直進する。天上川の草津川の下を走り抜け、草津駅の近くを通り、次の守山宿に向かった。