第7回 坂本探訪2
投稿日:2010年12月21日
2010年 林道日本一周・西日本編
全国2000社以上の総本宮「日吉大社」
叡山(比叡山)山麓の坂本は比叡山延暦寺の門前町であるのと同時に、日吉(ひえ)大社の門前町でもある。坂本をひとまわりしたところで、いったん京阪電車の坂本駅前に戻り、日吉大社の参道を歩いていく。
その両側には叡山の里坊が見られる。里坊の建物群と庭園、穴太(あのう)積みの石垣などが坂本特有の歴史的景観を造りだしている。天台宗の総本山、延暦寺と日本中に2000社以上ある日吉神社、日枝神社、山王神社の総本宮、日吉大社が一体になっているかのような景観でもある。
前回でもふれた穴太積みの石垣だが、穴太の石工たちは日本各地に出ていった。彦根城や大坂(大阪)城、金沢城などの石垣も穴太の石工たちの手によるという。
朱色の鳥居をくぐり日吉大社の境内に入っていくと、まるで深山幽谷の地に分け入ったかのようだ。朝日を浴びた新緑はまばゆいほどに輝いていた。
比叡山から流れ出る清流にかかる石橋の走井橋、大宮橋と渡り、まずは西本宮を参拝。本殿は国宝に指定されている。つづいて摂社の宇佐宮と白山宮を参拝する。
境内には「山王神輿」が7基、置かれているが、どれも見事な造り。この「山王神輿」が日本のミコシのルーツになっている。平安時代に桓武天皇が日吉大社に寄進したことにはじまるという。
西本宮につづいて東本宮を参拝。ここの本殿も国宝に指定されている。早朝の空気を切り裂いてホラ貝を吹きながら、山伏たちが日吉大社の社殿をひとつづつめぐっている。
最後に石橋の二宮橋を渡って日吉大社を離れたが、何か別世界をのぞいたかのような気分にひたるのだった。
日吉大社を出ると、鳥居の前にある六角地蔵に手を合わせる。お堂の中にまつられている子育て地蔵は、最澄の作だといわれている。最澄の手のぬくもりが伝わってくるかのような石造の素朴な造りの地蔵だ。坂本では歴史本でしか知ることのない最澄が、今でも手の届くような所にいる。それがすごい。
最後にかつては「滋賀院御殿」といわれたほどの「滋賀院門跡」に立ち寄り、龍谷大学の須藤教授宅に戻り、朝食をいただいた。
朝食前の2時間ほどのプラプラ歩きではあったが、坂本の重層する歴史の一端を垣間見ることができた。坂本はすごいところだ!