カソリング

生涯旅人、賀曽利隆の旅日記 60代編

第35回 湯来温泉

投稿日:2011年1月27日

2010年 林道日本一周・西日本編

峠のカソリの原点、観文研の思い出の地湯来温泉に泊まる

 中国道の千代田ICに近い千代田温泉からは、国道261号→県道316号経由で今田へ。そこから今田林道のダートに突入。このダート区間に入っていくときは、いつものことだが大きな期待と若干の不安の混ざった気分でスズキDR-Z400Sを走らせる。緊張感と気負いもある。
 渓流沿いの砂利ダートを走り、2・8キロ地点でゆるやかな峠を越える。この峠は中国地方の中央分水嶺、山陰と山陽を分ける「陰陽分水嶺」の峠。今田林道の名無し峠を越えて、山陰側から山陽側に入り、3・5キロのダートを走りきり、国道433号に出た。
 国道433号を北へ。すぐに峠を越えるが、この峠も山陽と山陰を分ける「陰陽」の分水嶺。峠上には「陰陽分水嶺」の碑が建っている。ゆるやかな峠なので、この峠にも峠名はついていない。そんな国道433号の名無し峠を越えて山陽側から山陰側に入った。
 峠を下ったところで国道433号を左折し、県道40号で椎谷峠を越える。この峠も陰陽の分水嶺。椎谷峠を越え、今度は山陰側から山陽側に入っていく。
 山陽側から山陰側へ、山陰側から山陽側へとめまぐるしく世界が変る。そのたびに地図を見て、山陽、山陰の確認をするのだ。
 県道40号から国道186号に出ると南下し、奥滝山峡林道のダートに入っていく。国道との分岐からすぐにダートなのがうれしい。奥滝山峡の渓谷美と新緑美を存分に眺めながら5・7キロのダートを走りきる。そして県道11号→国道191号で中国道の戸河内ICのある戸河内(安芸太田町)に出た。

ぼそぼそと雪の降る日だった

 戸河内からは国道186号→県道41号でなつかしの温泉、湯来(ゆき)温泉へ。国民宿舎「湯来ロッジ」に泊まった。
 1975年2月21日、日本観光文化研究所(観文研)の先輩、工藤員功さんと一緒に広島駅からバスに乗り、この湯来温泉にやってきた。ぼそぼそと雪の降る日だった。
 この「湯来ロッジ」にひと晩泊まり、翌日は中国山地の山村、戸河内町(現・安芸太田町)の那須という集落に向かった。
 大雪で1メートルを超える雪が積もっていた。那須への交通は途絶え、我々は雪をかき分けて歩いた。途中で出会った那須の人たちはユキワ(カンジキ)をはき、手には杖を持っていた。
「よくもまあ、そんな格好でここまで登ってきたもんだ」
 と、地元のみなさんを驚かせたが、我々はかろうじて那須の集落にたどり着くことができた。
 那須ではみなさんにあたたかく迎えられ、昼食を出してもらい、酒をふるまわれた。
「すごいなあ!」
 感心してしまったのは工藤さん。つがれるままにかなりの量の酒を飲んでいるのだが、きちんと村人たちの話を聞いている。
 那須はかつては木地師の村だった。
 木は主にトチを使い、椀や盆などを作っていた。漆は中国産を使っていたとのこと。栃のみならず、ブナでは高下駄の歯を作り、スギやヒノキでは板箕(いたみ)を作っていたことなど、次から次へとおもしろいように話を聞いていく。その間、工藤さんはほとんど口をはさむことなく、ただひたすらに聞いている。
「おー、これが宮本流なのか!」
 と、ぼくは感動した。日本観光文化研究所・所長の宮本常一先生から工藤さんへと、確実に伝わっている「聞き取り術」の真髄を見た。

温泉めぐりと峠越え、ともにこの時の体験から生まれた発想

 そのあと広島から岡山へと舞台を移し、同じく観文研の先輩、神崎宣武さんの故郷、吉備高原の美星町(現・井原市)を訪ねた。
 神崎さんの実家は何百年もの歴史を持つ宇佐八幡系の神社。ゆるやかな峠上に社がある。そのため神社のある峠は「宮んタワ」と呼ばれていた。「宮の峠」の意味。このあたりでは「峠」を「タワ」といっている。神崎さんには「岡山ではタワだけど、広島や山口あたりではタオになる。四国ではトとかトオといっている所もある」という話を聞いた。
「宮んタワ」を知って、峠への猛烈な興味が湧き上がってきた。「宮んタワ」はまさに「峠のカソリ」の原点。神崎さんに案内されてまわった吉備高原の村落の風景はいまだに目に焼きついる。
 工藤さんと歩いた中国山地、神崎さんと歩いた吉備高原は、ぼくにとってはまるで異国の世界だった。それだけに新鮮な目で見られ、自分の心の中に深くしみ込んでいった。
「日本はおもしろい!」
 と、このとき心底、そう思った。
 広島・岡山から東京に戻ると、バイクで日本をまわる新たな方法を思いついた。それが「温泉めぐり」と「峠越え」だ。
「温泉めぐり」では日本の全湯制覇を目指し、工藤さんと一緒に入った広島県の湯来温泉を第1湯目にした。それ以来、現在まで3500余の温泉(温泉地)に入っている。
「峠越え」をはじめたのは翌月のこと。1975年3月28日に「奥武蔵の峠」で越えた国道299号の高麗峠(埼玉)を第1峠目とし、日本の全峠踏破を目指すようになった。越えた峠の数は現在までに1600余になっている。
 さて、湯来温泉だ。
「湯来ロッジ」は2009年11月に改装され、すっかり新しくなっている。大浴場の湯に入ると夕食。ガランティーヌ、サーモンとチョウザメのカルパッチョ、オニオンリング、稚アユの唐揚げ、串カツ、グラタン、刺身、茶碗蒸し、コンニャク三昧(コンニャクの刺身、田楽、素麺ゴンニャク)、胡麻豆腐…と大変なご馳走だった。

フォトアルバム

今田林道周辺の案内図
今田林道のダートに突入!


新緑の今田林道を行く
今田林道の陰陽分水嶺の峠


峠を下っていく
国道433号の陰陽分水嶺の峠


国道433号の陰陽分水嶺の峠
奥滝山峡林道のダートに突入!




奥滝山峡の渓谷美

なつかしの湯来温泉に到着!
国民宿舎「湯来ロッジ」


「湯来ロッジ」のロビー
「湯来ロッジ」の大浴場




「湯来ロッジ」の夕食

Comments

Comments are closed.