カソリング

生涯旅人、賀曽利隆の旅日記 60代編

第82回 下諏訪探訪

投稿日:2011年4月2日

2010年 林道日本一周・西日本編

信州と江戸をつなぐ甲州街道と中山道の分岐点

 下諏訪温泉「山王閣」の朝湯に入り、朝食を食べて出発。中山道の宿場、下諏訪宿をめぐる。スズキDR-Z400Sを走らせての「下諏訪探訪」だ。
 まずは隣接している諏訪大社・下社の秋宮へ。鳥居をくぐると、右手には御神湯。さすが下諏訪温泉の秋宮だけあって、温泉が湧き出ている。超極太の大注連縄(しめなわ)が目を引く本殿を参拝。そのあと境内の4角に立つ御柱を見る。
 信濃国の一の宮の諏訪大社は、上社と下社から成っている。
 上社は前宮(茅野市)と本宮(諏訪市)、下社は下諏訪の春宮と秋宮から成っている。これら4宮をあわせての諏訪大社だが、そのうち前宮が一番古いといわれている。前宮本殿の正面は杖突峠で、その背後にそびえる守屋山(1650m)がご神体になっている。このように諏訪信仰というのは、もともとは日本古来の自然崇拝だ。
 諏訪大社秋宮のすぐ近くが中山道と甲州街道の追分。そこには「甲州道中・中山道合流之地」碑が建っている。下諏訪宿の賑わいを描いた絵図も掲げられている。
 下諏訪宿は「中山道69次」の29番目の宿場だが、それと同時に甲州街道終点の宿場にもなっている。甲州街道でいえば、35番目の宿場になる。
 下諏訪宿から江戸までの距離は、中山道経由だと55里7丁、甲州街道経由だと53里11丁。甲州街道の方が若干、短い程度でほとんど変らない。
 ところが現在、東京まで甲州街道で行くと国道20号1本だが、中山道で国道をたどると、国道142号→国道141号→国道18号→国道17号と4本もの国道を走りつないでいく。それが「中山道は遠い」と思わせる理由のひとつになっている。
「甲州道中・中山道合流之地」碑前からは、まずは旧中山道で塩尻峠まで行ってみる。峠下の旧今井村には茶屋本陣が残されている。文久元年(1861年)、公武合体で皇女和宮が徳川将軍家に嫁ぐとき、ここで休んでいったことが記されている。
 その先で国道20号に入り、中央分水嶺の峠、塩尻峠へ。昨日は塩尻側から登った塩尻峠を今日は諏訪側から登り、峠でドッキング。「峠返し」で折り返し、下諏訪宿の「甲州道中・中山道合流之地」碑前に戻った。
 その脇にある本陣(岩波家)を見学し、下諏訪温泉の共同浴場「旦過の湯」(入浴料220円)に入り、諏訪大社・下社の春宮を参拝した。本陣の庭園は見事。「旦過の湯」は火傷しそうなほど熱い湯。春宮は参拝者もなく静かなたたずまいだった。
 次に国道142号で中山道最大の難所、和田峠まで行ってみる。
 新道の新和田トンネルの手前で旧道に入り、峠のトンネル入口に到着。幅の狭いトンネルなので、信号による交互通行になっている。峠のトンネルの上をビーナスラインが通っている。
 さきほどの塩尻峠同様、和田峠も中央分水嶺の峠。峠を下ると和田宿だ。
 ここでは峠のトンネルを抜けたところにある峠の茶屋「東餅屋」まで行き、名物の「力餅」(2個350円)を食べ、下諏訪宿に戻った。
 いよいよここからは「林道日本一周・西日本編」最後の行程。ゴールの東京・日本橋を目指すのだ。「さー、行くぞ、DRよ!」。

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諏訪大社下社秋宮→塩尻峠→下諏訪宿→和田峠

下諏訪温泉「山王閣」を出発
「山王閣」からの眺め


諏訪大社・下社秋宮の鳥居
秋宮の御神湯


秋宮の本殿
秋宮の御柱


中山道の下諏訪宿
「甲州道中・中山道合流之地」碑


下諏訪宿の絵図
塩尻峠下の茶屋本陣跡


塩尻峠の登り口から見下ろす諏訪盆地
下諏訪宿の本陣


下諏訪温泉
下諏訪温泉の共同浴場「旦過の湯」


諏訪大社・下社春宮の本殿
和田峠の茶屋「東餅屋」




「東餅屋」の力餅

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