第85回 野沢温泉 前編
投稿日:2011年4月5日
2010年 林道日本一周・西日本編
エクストラ編で最も印象深い「野沢温泉」の共同湯めぐり
今回の「林道日本一周2010」では、林道と温泉をできるだけリンクさせた。
林道を走る前の温泉、林道を走ったあとの温泉ということで、できるだけ多くの温泉に入るようにした。
スズキ・ビッグボーイを走らせての、中部圏に限っての「エクストラ編」では、全部で15湯の温泉(温泉地)に入った。その15湯の中でも特筆すべきは野沢温泉だ。
野沢温泉には13ヵ所の共同浴場がある。いままでつまみぐい程度で「大湯」に入ったり、「麻釜湯」に入ったことはあったが、今回は、
「よーし、全湯制覇だ!」
と、気合を入れて13湯に入ったのだ。
野沢温泉の共同浴場は猛烈に熱い湯が大半なので、腹をくくり、気合を入れないことにはハシゴ湯はできないのだ。
その野沢温泉の13湯めぐりを2回に分けてお伝えしよう。
信州中野ICで上信越道を降りると、国道292号で渋・湯田中温泉郷を走り抜け、志賀高原へ。長野・群馬県境の渋峠でビッグボーイを停める。標高1172メートルの渋峠は日本の国道の最高所峠。ちなみに第2位は八ヶ岳を越える国道299号の麦草峠(2127m)になる。
渋峠で「峠返し」。
来た道を引き返し、丸池で国道を右折し奥志賀へ。そこから県道502号に入っていく。この道がかつてのロングダートの奥志賀林道だ。当時は有料林道だったので、料金所がそのまま残っている区間もあった。
ここではエライ目にあった。猛烈な雷雨に見舞われたのだ。
普通、稲妻といえば上空を駆けめぐるものだが、旧奥志賀林道は標高の高いところを通っているので、まるで足下から湧き上がってくるようなのだ。見上げるのではなく、見下ろすような稲光になる。
「ドドドドカーン!」
何度も近くに雷が落ち、そのたびに縮み上がる。地面が揺れるかのようなすさまじさなのだ。いつまでたっても落雷はつづき、
「おかしいなあ…」
と思っていたら、どうやら雷雲の行く方向に走っているようだった。
だが落雷をくらって命を落とすこともなく、無事に野沢温泉に着けたのは何よりもうれしいことだった。
野沢温泉では民宿「ハウス・サンアントン」に泊まり、翌朝は5時に宿を出発。まずは野沢温泉を代表する共同浴場「大湯」へ。もうすでに地元の人、2人が入りにきていた。ここには「あつ湯」と「ぬる湯」の2つの湯船がある。
「あつ湯」は猛烈な熱さで湯加減を見るのに入れた手が火傷しそうなほど。「ぬる湯」は「あつ湯」ほどではないにしても、これまた猛烈な熱さ。知らないで飛び込んだら「ぬる湯」で全身大火傷ということになる。
地元の人、2人は水をガンガン、注ぎ込む。ぼくはそれを見ている。
野沢温泉の限ったことではないが、共同浴場は地元のみなさんのもの。よそ者のためにあるのではない。ということで、ぼくは地元の人がいるときは、湯船に水を流し込むようなことはしない。ただ見ているだけだ。
熱湯との悪戦苦闘が2、30分つづき、やっと入れた。熱い湯に慣れている地元の2人も1分と入っていられなかったような熱さだが、肌がヒリヒリするような熱湯から上がると、不思議な世界に突入したかのような陶酔感を味わった。
普通の湯温では味わえないようなスッキリ・サッパリ感とでもいおうか、これがあるから、熱い湯に慣れている人は水を流し込んで温くした湯を嫌うのだろう。
大湯の源泉は66・2度。
第2湯目は「河原湯」。ここは湯船がひとつ。先客がいてくれたおかげで、すんなり入れた。とはいっても、やはり猛烈な熱さなので、1分とは入っていられない。一緒になった地元の人に、
「どうしたらこんなに熱い湯に入れるんですかねえ」
と聞いてみると、
「慣れだな」
の答え。慣れた地元の人でも長湯はできない。入っては出、入っては出の繰り返しだ。河原湯の源泉は64・1度。
第3湯目は「麻釜(あさがま)湯」。ここも湯船はひとつ。先客もいないので、熱湯が流れぱなしの湯船はとても入れるような熱さではない。そこで水を流し込み、ぶらさげてある「湯もみ板」でかきまぜ、やっとのことで「瞬間湯」ができるくらいになった。そこで水を止めた。「瞬間湯」を2、3度繰り返しただけで全身、まるで火ぶくれしたかのように真っ赤になった。
麻釜湯の源泉は81・6度。
麻釜湯の脇から坂を登ったところには、「麻釜(おがま)熱湯湧泉」がある。これぞまさに野沢温泉。いくつもの釜から高温湯が湧き出ている。「麻釜」の説明板には次のように記されている。
野沢温泉が「湯山村」として歴史に現われたのは、鎌倉時代中期、文永9年(1272年)である。また、弘治3年(1557年)には既に近隣に聞こえた出湯であったことが知られている。
この麻釜は、古くは釜潭(熱湯のたぎるふち)と呼ばれており、往時の景観がしのばれる。温度は90数度あり、里人は野沢菜を始め、野菜や山野草をこの高温湯を利用して食膳に供している。
泉質は硫黄泉で、湧出量は毎分約500リットルである。
- 大釜 2ヵ所の湧出口を持ち、90度の熱湯が湧出する。高温のため茹物に適し、山菜、野菜等を茹でる。
- 茹釜 湯温90度。2つの湧出口を有し、大釜同様、山菜など食品類を茹でる。
- 円釜 現在は方形であるが、もとは円形であったため、この名がある。湯温は71度で、工芸品の材料である根曲竹や、あけび蔓柳条を浸し、養蚕の盛んな時代には蚕具の消毒にも利用した。
- 竹伸釜 東側の大石の下から湧出している。湯温は80度。円釜と同じように利用されている。
- 下釜 南方に列をなして湧出しているが、ガスを多く含んでいる。湯温は85度。
「麻釜」を見学したあと、さらに坂を登り、第4湯目の「瀧乃湯」に入る。ここも湯船はひとつ。先客がいてくれたおかげで楽に入れたが、ここも源泉は73・0度の高温湯だ。「瀧乃湯」からさらに坂を登っていけば、野沢温泉スキー場で、そこには「日本スキー博物館」がある。
まずは野沢温泉の共同浴場めぐり、前半戦終了といったところだ。
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