カソリング

生涯旅人、賀曽利隆の旅日記 60代編

5月10日 東京→勿来漁港

投稿日:2011年5月25日

頑張ってるぞ!東北!! ツーリング[鵜ノ子岬→尻屋崎 1]2011年5月10日

 大震災から2ヵ月後の5月10日、いよいよ開始だ。
 東北太平洋岸最南端の鵜ノ子岬から最北端の塩屋崎まで走る「頑張ってるぞ!東北!!ツーリング」がはじまる。
 神奈川県伊勢原市の自宅で昼食を食べ、キャンプ用具一式をリアに積んで、スズキの400?オフロードバイク、DR-Z400Sのエンジン始動。昨年、10万キロを達成したDRはこの日のために、メーターを交換してある。メーターは000001キロだ。
「DRよ、頼むぞ!」
 と、ひと声かけて走り出す。
 我が家を出発した頃は晴れていた。それが東名→首都高で都内に入ると雨…。
 いやー、今回のツーリングを予感させるような雨ではないか。
 霞ヶ関で首都高を降り、国会議事堂の前を通って麹町の昭文社へ。約束通り16時ピッタリの到着。そこでみなさんと打ち合わせ。最後は「カソリさんのお荷物拝見」ということで、装備一式をテーブルに広げてお見せした。
 中身の濃い打ち合わせをすませ、みなさんの見送りを受け、17時30分、昭文社の玄関前を出発する。出発の儀式の間だけ、雨はやんだ。さすが「晴れ男・カソリ」。
 ところが霞ヶ関で首都高に入ると、とたんに雨が降り出した。天気予報はこの先、ずっと雨…。それも大雨になるらしい。
「よーし、来るなら来い!」
 といった気分で雨に挑戦。
 最初は強気だったが、首都高から常磐道と、ずっと雨…。
「雨よ、止んでくれ…」
 と、いささか弱気になる。

常磐道の三郷料金所を出発
いわき勿来ICに到着


 常磐道で関東から東北に入り、20時、いわき勿来ICに到着。三郷料金所から151キロ。東北は東京から近いのだ。
 常磐道はここまでまったく問題はなかった。もうすこし路面がやられ、波打っているのではないかと想像したが、それは杞憂でしかなかった。
 夜の勿来(いわき市)の町を走る。ここでは大地震、大津波の影響はほとんど見られない。常磐線の勿来駅に行ってみると、いつも通りの勿来駅だ。

夜の勿来駅
夕食のコンビニ弁当


 勿来駅前から国道6号を南へ。国道沿いのコンビニで弁当を買い、東北と関東の境の鵜ノ子岬へ。岬を境にして東北側が勿来漁港、関東側が平潟漁港になっている。
 人影のまったくない勿来漁港岸壁の屋根の下にDRを停め、その脇で寝ることにする。シュラフのみ。屋根があるので、雨の心配をしなくてもいいのがありがたい。
 そこへ地元ライダーの渡辺哲さんが来てくれた。
 うれしいことにカンビールと「バタピー」、「アーモンド&マカダミア」、「チーかま」を差し入れてもらった。さっそく野宿宴会の開始だ。
 渡辺さんは車なのでノンアルコールだが、カソリは遠慮なくカンビールをいただき、「乾杯!」。ガンガン飲み干し、『ツーリングマップル東北』を見ながら、まずは渡辺情報を仕入れる。渡辺さんの会社はいわき市内。仕事の合間を縫って愛車セローでもって福島県内をまわっている。「渡辺情報」は正確で豊富だ。
 渡辺さんとは「300日3000湯」のときは福島・太平洋岸の温泉めぐりを一緒にした。千葉・勝浦温泉の「3000湯の夕べ」にも来てくれた。
 昨年はひと晩泊まったいわきき市内の舞子温泉「よこ川荘」に来てくれた。(そのときの写真が2011年版の『ツーリングマップル東北』にのっているのでぜひとも見てください)。
 そんな渡辺さんは楢葉町に住んでいる。いや、住んでいたといった方がいい。楢葉町のみなさんは全員、福島第1原発の事故で強制的に退去させられた。
 大地震の被害を受け、大津波の被害を受け、それに追い討ちをかけるように原発事故の影響をモロに受けた渡辺さんだが、三重苦、四重苦を吹き飛ばすかのように、いつも通りの元気一杯さ、明るさだ。
 野宿宴会は夜中までつづいたが、渡辺さん差し入れのカンビールを飲みつくしたところでお開きになった。渡辺さん、ほんとうにありがとう。渡辺さんを見送ったところでコンビニ弁当を食べ、シュラフにもぐり込む。
「頑張ってるぞ!東北!!」ツーリングは、第1日目からすばらしい「東北人」との出会いがあり、いやが上にも盛上がのだった。

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