環日本海ツーリング[108]
投稿日:2012年7月2日
最大の難所がウラジオストクになるなんて
8月15日7時、スパースク・ダリニーの「ロトスホテル」を出発し、ウラジオストクに向かう。
外はまだ暗い。
夜明け前の出発になったのは、バイクの出国手続きに相当、時間がかかるため。ウラジオストク港にはできるだけ早く到着したかった。
ライトの明かりを頼りに走り、M60(国道60号)を南下。やがて夜が白々と明けてくる。
8時、街道沿いの24時間営業のカフェで朝食。スープとピロシキを食べる。
ピロシキといえば日本でも人気の揚げパン。中には肉やジャガイモ、野菜が入っている。ロシアには揚げピロシキだけでなく、焼きピロシキもある。もともとは東欧の料理。それがロシアに定着したようだ。
朝食を食べて元気をつけたところで、さらにM60を南下。
10時、スパースク・ダリニーから140キロのウスリースクに到着。このあたりがアムール川の支流、ウスリー川と日本海に流れ出る川を分ける分水嶺になっている。
といっても山々が連なる山地ではなく、ゆるやかな起伏が連続するどちらかというと平原に近いような地形だ。その中にウスリースクの町がある。
M60はそのままウスリースクの町中に入っていくので、抜け出るまでが大変。何度も道に迷い、そのたびに止まり、道標などで道を確認した。
ウスリースクは活気のある大きな町だ。
ウスリースクはまた交通の要衝の地。シベリア鉄道が通り、中国からの鉄道(旧東清鉄道)、北朝鮮からの鉄道がここで合流する。
ウスリースクからウラジオストクまでは100キロ。しかしこの100キロが難行苦行の連続だ。
ウスリースクを過ぎると交通量は飛躍的に増大。4車線化の工事をしているので大渋滞の連続。おまけに雨が降ってきた。工事区間は泥地獄のようなズボズボヌタヌタの悪路。そのためヘルメットのシールドには前を行く車の跳ね上げる泥がべったりとこびりつき、視界0の状態になる。
「もう、こうなったら裸眼だ!」
と決め、オーバーに言えば失明覚悟で走った。
目の中にはズブズブと泥が突き刺さり、まぶたの開け閉めができなくなるほど。それでも工事区間の悪路を走りつづけた。
やっとの思いでウラジオストク市内に入ると、今度はまったく動かない大渋滞にはまり込む。これが今のウラジオストク。10年前とは比べものにならないくらい車が増えている。バイクだけなら何とかなるのだが、サポートカーとサポート用のトラックを待たなくてはならないので、我々は渋滞すり抜けという訳にはいかなかった。
14時、ウラジオストク港に到着。このときばかりは心底、ホッとした。
失明覚悟で走ったのだが、顔にこびりついた泥を洗い流すと、まぶたはまた元通りに開け閉めできるようになった。人間の体はじつによく出来ている。
まるで地獄のようなウラジオストク到着になった。
我々は「(ここまでの行程で)ウラジオストクが一番の難所!」といって笑いあった。