アドレス日本巡礼[043]
投稿日:2014年5月15日
狭い河口
四万十川下流の町、中村に到着すると、土佐くろしお鉄道の中村駅前でアドレスを止めて小休止。カンコーヒーを飲んだ。そのあと四万十市の中心、中村の町をひとまわりした。
中村は、もともとは一条氏の荘園。応仁2年(1468年)、一条教房が京都の戦乱を避けてこの地にやってきた。それから100年、一族は国司としてこの地を支配した。京都にちなんだ地名をつけ、中村は「土佐の小京都」といわれるようになった。
中村から県道20号で四万十川河口の下田へ。下田に着くと下田漁港を見て、漁港近くの食堂「奴」で昼食にする。ここでは鮮度満点の「刺身定食」を食べた。
そのあと四万十川河口の浜辺を歩いた。
四万十川の海への出口は信じられないほど狭い。川が押し流す砂利が堆積し、自然堤防が河口をふさいでいるからだ。出会った下田の人は怒っていた。四万十川の自然を守るためということで、その堆積した自然堤防を崩して河口を広げることはできない。そのため下田は、四万十川流域に大雨が降るたびに洪水に見舞われるという。
日本の清流の代名詞のようになっている四万十川の河口から、源の不入山まで走ったことがある。カソリの「大河源流行・四万十川編」だ。その時のことを紹介しよう。
8時30分、中村から43キロの江川崎に到着。ここで吉野川が合流する。江川崎からは国道381号を行く。
10時45分、中村から73キロの大正着。ここで檮原川が合流する。
11時10分、中村から98キロの窪川着。窪川といえば、海のすぐ近く。四万十川がいかに曲がりくねって流れているかがよくわかる。窪川からは県道19号を行く。山あいを縫う狭い道だ。
11時45分、大野見着。中村から123キロ。ここから7キロほど行ったところにある「四万十源流の家」に寄り道する。「四万十源流温泉」に入り、食堂で「四万十源流定食」を食べた。
13時10分、国道197号に合流。このあたりまで来ると、四万十川はかわいらしい流れになる。国道197号で船戸の集落まで行き、そこから四万十川沿いの道に入っていく。そして14時30分、中村から153キロ走って「四万十源流の碑」に到着した。
四万十川は全長192キロ。四国では吉野川に次ぐ第二の大河。上流は松葉川、下流は渡川と呼ばれている。
そんな四万十川河口の下田を離れ、中村に戻った。
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