カソリング

生涯旅人、賀曽利隆の旅日記 60代編

アドレス日本巡礼[154]

投稿日:2014年10月9日

鈴鹿の馬子唄

四国八十八ヵ所めぐり 2009年5月7日
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坂下宿の茶畑

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坂下宿の絵図

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関宿の追分

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加太川沿いの国道25号

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加太越

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上野城

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上野城の石垣

 東海道関西編最後の宿場、土山宿から鈴鹿峠を越え、中部編に入っていく。あいかわらず雨は降りつづいている。鈴鹿峠は日本の大きな境目で、古代日本ではこの峠が西国と東国に分けていた。そんな鈴鹿山脈の鈴鹿峠を国道1号のトンネルで抜け、滋賀県から三重県に入った。
 鈴鹿峠下の中部編最初の宿場が坂下宿。そこには「鈴鹿の馬子唄」の歌詞が掲げられている。

  坂は照る照る
  鈴鹿は曇る
  あいの土山雨が降る

 この日はあいにくの空模様で、土山宿も鈴鹿峠も坂下宿も雨だったが、鈴鹿峠の峠越えでは、この「鈴鹿の馬子唄」通り、坂下宿は晴天、鈴鹿峠は曇天、土山宿は雨天と、峠を境に劇的に天気の変ることがよくある。「鈴鹿の馬子唄」は鈴鹿峠を越える馬子たちによって歌われたもので、「坂」は坂下宿、「鈴鹿」は鈴鹿峠、「土山」は土山宿のことである。
 坂下宿から次の関宿へ。関宿は宿場をはさんで両側に追分があるが、そのうち西側は東海道と大和街道の追分。関宿に入っていく前に、国道25号の大和街道で伊賀上野まで行ってみる。国道25号は大阪圏と名古屋圏を結ぶ大動脈の名阪国道だが、それとは別にもう1本、大和街道に相当する国道25号もあるのだ。旧道となった今でも国道25号でそのまま残っている。加太川沿いの狭路。交通量はほとんどない。そして鈴鹿山脈南端の峠、加太越を越えて上野盆地に下っていく。上野盆地に入ると2車線の道になった。
 伊賀上野に到着すると、まずは上野城へ。天守閣を見、垂直にそそり立つ高石垣を見、芭蕉にちなんだ俳聖殿を見る。そのあとて上野の町を走り、芭蕉の生家を見学。最後に上野市駅へ。駅前には芭蕉像が建っている。駅前食堂で昼食にする。伊賀忍者にちなんだ「忍者丼」(800円)を食べたが、卵を落とした丼飯の中にはウナギが隠れていた。
 上野市駅前から来た道を引き返し、東海道の関宿に戻った。

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芭蕉の生家 上野市駅の駅前食堂 昼食の「忍者丼」

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