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生涯旅人、賀曽利隆の旅日記 60代編

アドレス日本巡礼[294]

投稿日:2015年6月23日

石田三成の佐和山城

西国三十三ヵ所めぐり 2009年5月26日

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JR彦根駅前を出発

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中山道の鳥居本宿

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佐和山遊園の佐和山城

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佐和山遊園の五重塔

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夕暮れの彦根城を一周

 JR彦根駅前を出発し、今回2度目の「彦根探訪」を開始。彦根駅はJR東海道本線のみならず、近江鉄道本線(米原〜貴生川)の駅にもなっている。外町の交差点で国道8号に入ると北へ。すぐに佐和山(232m)を貫く佐和山トンネルに入る。トンネルを抜け、下ったところが中山道の鳥居本宿だ。

 鳥居本宿では有川家の建物が目を引く。ここは旅の携帯胃薬「赤玉神教丸」の販売元。かつて鳥居本宿には何軒もの「神教丸」を売る店があったが、今では有川家のみ。旧街道の情緒が凝縮されたような鳥居本宿の名は、多賀大社の鳥居があったことに由来するという。

 鳥居本宿は北陸への玄関口。ここで中山道と北国街道が分岐する。北国街道は米原宿、長浜宿を通って木之本宿で北国脇往還と合流し、中央分水嶺の峠を越えて疋田宿から日本海の敦賀宿へ、敦賀からは福井、金沢、富山と通って新潟まで通じている。木之本から国道365号で越える栃ノ木峠越えのルートは、敦賀経由の旧道に対して新道になる。

 鳥居本宿からは来た道を引き返し、佐和山トンネルを抜ける。

「佐和山」といえば、石田三成の佐和山城でよく知られているが、城址には地元の方が個人で造ったという「佐和山遊園」がある。そこには5層の佐和山城の天守閣が威容を誇っている。「石田一族群霊供養之塔」が立ち、碑には次のように記されている。

慶長5年(1600年)9月18日、関ヶ原合戦に勝利を得た東軍は、ここ佐和山に押し寄せた。時の流れは如何ともしがたく、緑なす醇風楽土の地は一気に修羅の巷と化したのである。燃え上がる城の中で、又女郎谷の谷底へほぼ3000人の石田一族は悲憤の涙とともに消えたのであった。時は流れ、今なおこの地に眠る霊魂は何かを訴えている様である。うたた感無量、霊のやすらからんことを祈り、この世にかかる惨禍の起こらぬ事を願って碑を建て、往時を偲ぶ術とするものである。 合掌

 佐和山をあとにするとJR彦根駅前に戻り、夕暮れの彦根城のまわりをグルリと一周。外町の交差点から再度、国道8号を南へ。国道8号沿いにある「極楽湯」(入浴料650円)に入り、湯から上がると館内のレストランで「刺身定食」(1080円)を食べた。そして国道8号の外町の交差点に近い「ルートイン彦根」に泊まった。

 近江八幡から彦根まで、じつに長い間、アドレスを走らせてまわったような気がするが、なにしろ狭いエリアなので1日の走行距離は81キロでしかない。前日が66キロなので、2日連続で記録的な短い走行距離となった。

 それにしても面白い琵琶湖の東岸(湖東)だ。

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「極楽湯」に入る 夕食の「刺身定食」 「ルートイン彦根」に泊まる

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