カソリング

生涯旅人、賀曽利隆の旅日記 60代編

アドレス日本巡礼[335]

投稿日:2016年4月8日

おー、これぞ信州!

西国三十三ヵ所めぐり 2009年6月2日

望月宿入口のモニュメント

望月宿入口のモニュメント

望月宿に入っていく

望月宿に入っていく

望月宿の「望月歴史民俗資料館」

望月宿の「望月歴史民俗資料館」

「望月歴史民俗資料館」の内部

「望月歴史民俗資料館」の内部

「望月歴史民俗資料館」の民具の展示

「望月歴史民俗資料館」の民具の展示

「望月歴史民俗資料館」の隣の旧本陣

「望月歴史民俗資料館」の隣の旧本陣

 芦田宿から「間ノ宿」の茂田井宿を通り、望月宿に入っていく。ここには中山道の宿場の面影がよく残っている。宿場の中心の本陣跡にある「望月歴史民俗資料館」(入館料300円)を見学。中山道関連の資料のほか各種の民具類も展示されている。資料館の隣の病院は旧本陣、街道をはさんで反対側には旧脇本陣の家がある。脇本陣の並びには旅籠と問屋を兼ねた町家の「真山家」がある。2階が1階よりもせり出した出梁造り。内部もよく保存されているということで、国指定の重要文化財になっている。

 望月宿から次の八幡宿へ。ここでは本陣跡を見たあと、八幡神社前でアドレスを止める。木の鳥居をくぐり、見事な造りの楼門(随神門)をくぐり抜けていく。そこに立つ案内板には次のように書かれている。

楼門とは楼造りの門のことで、2階建ての門をいう。1階と2階の境は親柱に擬宝珠をつけた高欄の縁側を巡らせている。頭貫木鼻の唐獅子、各所に施されている彫刻等、江戸時代末の特色を示す門の両脇の間には衣冠束帯に剣と弓矢を持った武官神象の随神をおく。建立は天保14年(1843年)6月。今から150年前、小諸藩主の牧野遠江守康哉が大願主になり、数百本の材木と欅材は川西地方の村々の寄進により造営された。楼門高くかかっている額は明治時代に奉納されたもので、「矛を止めて武を為す」と横書きされている。

 八幡宿の八幡神社の参拝を終えると、信州の「母なる流れ」の千曲川にさしかかる。橋の上からは北の浅間山と南の蓼科山を同時に見ることができる。「おー、これぞ信州!」といった風景。千曲川を渡ると、次の塩名田宿に入っていく。

「望月歴史民俗資料館」の斜前の旧脇本陣国指定の重要文化財の「真山家」八幡宿に入っていく

「望月歴史民俗資料館」の斜前の旧脇本陣 国指定の重要文化財の「真山家」 八幡宿に入っていく

八幡宿の本陣跡八幡宿の八幡神社八幡神社の楼門を見る

八幡宿の本陣跡 八幡宿の八幡神社 八幡神社の楼門を見る

八幡神社を参拝信州の「母なる流れ」の千曲川を渡る千曲川にかかる中津橋

八幡神社を参拝 信州の「母なる流れ」の千曲川を渡る 千曲川にかかる中津橋

Comments

Comments are closed.