カソリング

生涯旅人、賀曽利隆の旅日記 60代編

アドレス日本巡礼[350]

投稿日:2016年5月7日

北関東編へ

坂東三十三ヵ所めぐり 2009年6月11日

日本橋を出発

日本橋を出発

板橋宿を行く

板橋宿を行く

志村坂上の一里塚

志村坂上の一里塚

荒川にかかる戸田橋

荒川にかかる戸田橋

武蔵の一宮、氷川神社を参拝

武蔵の一宮、氷川神社を参拝

深谷宿の常夜灯

深谷宿の常夜灯

本庄宿の金鑚神社を参拝

本庄宿の金鑚神社を参拝

神流川を渡って群馬県に入る

神流川を渡って群馬県に入る

「中華一番」の「八宝菜定食」

「中華一番」の「八宝菜定食」

倉賀野宿の追分

倉賀野宿の追分

板鼻宿の道祖神

板鼻宿の道祖神

「坂東三十三ヵ所」の南関東編、神奈川、埼玉、東京の1番から14番までの札所めぐりを終えて伊勢原の自宅に戻ってきた。

「さー、今度は北関東編だ」

 スズキの125ccスクーター、アドレスV−125Gを走らせ、南関東編にひきつづいて群馬、栃木、茨城の北関東の札所をめぐるのだ。

 6月11日4時、伊勢原の我が家を出発。国道246号で東京へ。5時30分、日本橋に到着。日本橋からは中山道で碓氷峠まで行くのだ。東京から高崎まではほぼ国道17号に沿っている。東大の赤門前を通り、巣鴨駅前からは地蔵通商店街に入っていく。この道が旧中山道。明治通り(環状5号)を横切り、JR板橋駅前から最初の宿、板橋宿に入っていく。板橋宿は東海道の品川宿、甲州街道の内藤新宿、奥州街道(日光街道)の千住宿と並んで「江戸四宿」といわれている。中山道の旧道から幅広の国道17号に出ると志村坂上の一里塚を通り、荒川にかかる戸田橋を渡って埼玉県に入った。

 国道17号沿いのコンビニで「おにぎり&お茶」の朝食を食べ、蕨宿、浦和宿を通って大宮宿へ。ここでは武蔵の一宮の氷川神社を参拝。大宮宿からは国道17号の旧道で上尾宿、桶川宿、鴻巣宿と中山道の宿場をめぐる。鴻巣宿を過ぎたところで国道17号に合流し、熊谷宿へ。熊谷宿には中山道の宿場の風情はまったく残っていない。熊谷宿を過ぎると国道17号の旧道で深谷宿から本庄宿へ。深谷宿には常夜灯が残っている。本庄宿では金鑚神社を参拝。祭神は天照皇大神、素戔嗚尊、日本武尊の3神で、社伝によると創建は欽明天皇の2年(541年)という古社。本庄宿を過ぎると埼玉・群馬県境を流れる神流川を渡り、群馬県に入った。

 群馬県内の最初の宿場、新町宿で昼食。「中華一番」という店で「八宝菜定食」(800円)を食べた。新町宿から倉賀野宿へ。倉賀野宿の入口は中山道と日光に通じる例幣使街道の追分。そこには道標と常夜灯があり、閻魔堂が建っている。いつの日か倉賀野宿から日光まで例幣使街道の宿場めぐりをしようと思っている。倉賀野宿を過ぎると高崎宿だ。

 高崎宿から碓氷峠までの中山道は、ほぼ国道18号に沿っている。高崎宿の次は板鼻宿。ここは碓氷川の「徒歩渡し」で知られていたが、増水すると川止めになるので、50軒を超える旅籠があった。板鼻宿の次は安中宿。ここには安中藩の武家屋敷が残っている。安中宿を過ぎると「上毛三山」のひとつ、妙義山が大きく見えてくる。松井田宿から見る妙義山の眺めは目に残る風景。松井田宿を過ぎると、横川の「おぎのや」で「峠の釜めし」(900円)を食べた。これはもう中山道を走るときの定番といっていい。そして国道18号の旧道で坂本宿を通って碓氷峠へ。群馬・長野県境の碓氷峠に到着したのは16時。日本橋から255キロだった。

 碓氷峠の「峠返し」で高崎まで戻り、高崎からは国道17号で前橋へ。前橋駅前の「東横イン」に泊まった。「東横イン」にはS氏が車で来てくれた。S氏と一緒に高崎郊外の焼肉店「山木屋」へ。焼肉宴会の始まりだ。生ビールを飲みながらカルビーやホルモンの焼肉をたら腹食べた。最後は「カルビークッパー」。焼肉宴会が終わると、またS氏に「東横イン」まで送ってもらうのだった。S氏よ、ありがとう!

安中宿の武家屋敷松井田宿から見る妙義山「おぎのや」の「峠の釜めし」

安中宿の武家屋敷 松井田宿から見る妙義山 「おぎのや」の「峠の釜めし」

群馬・長野県境の碓氷峠に到達!「山木屋」の焼肉宴会「山木屋」の「カルビークッパー」

群馬・長野県境の碓氷峠に到達! 「山木屋」の焼肉宴会 「山木屋」の「カルビークッパー」

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