カソリング

生涯旅人、賀曽利隆の旅日記 60代編

アドレス日本巡礼[364]

投稿日:2016年5月30日

満願の寺

坂東三十三ヵ所めぐり 2009年6月17日

白浜海岸を歩く

白浜海岸を歩く

白浜温泉「南海荘」の朝食

白浜温泉「南海荘」の朝食

安房の一宮、安房神社の鳥居

安房の一宮、安房神社の鳥居

安房の一宮、安房神社の拝殿

安房の一宮、安房神社の拝殿

安房のもう一社の一宮、洲崎神社を参拝

安房のもう一社の一宮、洲崎神社を参拝

洲崎の灯台

洲崎の灯台

内房海岸の館山湾

内房海岸の館山湾

第33番那古観音の石段

第33番那古観音の石段

第33番那古観音の山門

第33番那古観音の山門

第33番那古観音の多宝塔

第33番那古観音の多宝塔

第33番那古観音の本堂

第33番那古観音の本堂

那古観音の緑濃い樹林

那古観音の緑濃い樹林

那古観音から見る館山の中心街

那古観音から見る館山の中心街

 6月17日。野島崎前の白浜温泉「南海荘」の朝湯に入り、黒い白浜海岸を散歩し、朝食を食べて出発。安房一宮の安房神社を参拝。ここには上の宮と下の宮がある。つづいてもう1社の安房の一宮の洲崎神社へ。鳥居をくぐり、急な石段を登って参拝する。境内の御手洗山は斧のまったく入ていない自然林。山の下半分のシイや上半分のヒメユズリハなどを中心とした照葉樹がテカテカと光り輝き、濃い緑をつくり出している。この御手洗山は千葉県でも一番といっていいほどの自然林の山だ。

 安房の一宮めぐりを終えると、房総半島南西端の洲崎へ。ここで太平洋の「外房海岸」と東京湾の「内房海岸」が分かれる。灯台の立つ高台からは三浦半島や伊豆半島、伊豆大島、富士山を眺める。ここからだと、とくに伊豆大島が大きく見える。

 外房海岸から内房海岸に入り、館山湾岸の道を行く。館山の海岸を過ぎたところに「坂東三十三ヵ所」第33番札所の那古観音(那古寺)がある。ここが満願の寺。急な石段を登り、仁王門をくぐり抜け、阿弥陀堂、多宝塔と見てまわり、観音堂(本堂)を参拝。本尊は千手観音。山上の那古観音からは海が見渡せる。はるか南の海の観音浄土、補陀落の世界が見えるということで、那古寺の山号は補陀落山だ。江戸時代、「坂東三十三ヵ所」の巡礼旅が盛んになると、那古観音のこの地こそ、補陀落浄土そのものだという信仰が広まったという。

 ついに33番までやってきた。これも観音のおかげということで、聖観音や千手観音、十一面観音などモロモロの観音にお礼をいって、那古観音の観音堂の前で観音経を上げた。

衆生困厄を被って無量の苦身をせめんに観音妙智の力能く世間の苦を救う。神通力を具足し広く智の方便を修して十方の諸の国土に刹として身を現ぜざることなし。種種の諸の悪趣地獄鬼畜生生老病死の苦以って漸く悉く滅せしむ。真観清浄観広大智慧観悲観及び慈観あり。常に願い常にせん仰すべし。無垢清浄の光りあって慧日諸の闇を破し能く災の風化を伏して普く明かに世間を照らす。悲体の戒雷震のごとく慈意の妙大雲の如く甘露の法雨をそそぎ煩悩の焔を滅除す。淨訟して官所を経軍陣の中に怖畏せんに彼の観音の力を念ぜば衆の怨悉く退散せん。妙音観世音梵音海潮音勝彼世間音あり。是の故に須らく念ずべし。念念に疑いを生ずることなかれ。観世音浄聖は苦悩死厄に於いて能く為に依こと作れり。一切の功徳をもって衆生を視る。福聚の海無量なり。是の故に頂礼すべし。

 第33番の那古観音の参拝を終えると、館山からは国道127号を北へ。内房海岸の岩井ではアドレスを止め、砂浜を歩いた。そして明鐘岬をトンネルで抜けていく。鋸山(330m)が海に落ちる地点の明鐘岬が「房総国境」。南の安房と北の上総を分けている。木更津から国道16号を行く。市原市を過ぎ、千葉市に入る。この市原と千葉の市境が上総と下総の国境。千葉からは国道14号で東京へ。江戸川を渡って東京都に入った。ここが最後の国境越えで、下総と武蔵の「総武国境」になる。

 こうして東京・日本橋には昼前には到着した。休む間もなく、すぐに「百観音霊場めぐり」の最後の行程となる「秩父三十四ヵ所めぐり」に出発するのだった。

「さ〜、行くぞ、アドレスよ!」

内房海岸の岩井の砂浜を歩く江戸川を渡って東京都に入った東京・日本橋に到着!

内房海岸の岩井の砂浜を歩く 江戸川を渡って東京都に入った 東京・日本橋に到着!

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