カソリング

生涯旅人、賀曽利隆の旅日記 60代編

奥の細道紀行[67]

投稿日:2016年12月3日

絶景「雨晴海岸」

富山県/2009年

 滑川で一泊した芭蕉は富山から高岡へと向かう。その道は城下町、富山の北を通っていくルート。岩瀬から舟で神通川を渡り、西岩瀬からは海沿いの街道「浜往来」で方生津を通り、庄川を舟で渡っている。今の富山新港沿いのルートになる。

 方生津の北側の富山湾沿岸の一帯が方生津浦で、古くは「奈呉浦」と呼ばれた万葉の歌枕の地。「万葉集」の大伴家持の歌に「奈呉の海人」が出てくる。

 庄川を渡るとそこは北前船も出入りした伏木港。浜往来はそのまま海沿いに氷見に通じているが、芭蕉はここから高岡に向かった。

越中路

 黒部四十八が瀬とかや、数知らぬ川を渡りて那古という浦に出づ。担籠の藤浪は、春ならずとも、初秋のあはれ訪ふべきものをと、人に尋ぬれば「これより五里磯伝ひして、向かうの山陰に入り、あまの苫葺きかすかなれば、蘆の一夜の宿貸すものあるまじ」と、いひおどされて、加賀の国に入る。

  早稲の香や分け入る右は有磯海

『おくのほそ道』

「黒部四十八が瀬」とあるのは黒部川扇状地を流れる黒部川下流の何本もの流れの総称。芭蕉はそれらを1本づつ渡っていった。国道8号の黒部川にかかる橋は黒部大橋だが、その下流、国道8号のバイパスにかかる橋は「黒部四十八ヶ瀬大橋」。このように「黒部四十八ヶ瀬」の名は今でも生きている。

 芭蕉は滑川で一泊し、富山湾の那古浦(奈呉浦)にやってきた。ここでは歌枕の「担籠の藤浪」を見たかったのだが、「5里(約20キロ)磯づたいに歩いた山陰にある。だけど漁師の粗末な小屋があるだけで、泊まるところもないよ」といわれて行くのを断念。担籠(たご)とは今の田子のことで、国道160号沿いの下田子にある藤波神社は藤の名所として知られている。なお藤浪神社はツーリングライダーにも人気の「きときと寿司氷見本店」の近くにある。

「滑川→高岡」間の行程は曽良の「随行日記」では次のようになっている。

十四日  快晴。暑甚シ。滑川一リ程来、渡テ富山ヘ別。富山カ々ラズシテ、東石瀬野。渡シ有。大川。ハウ生子。渡有。甚大川也。半里計。氷見ヘ欲行、不往。高岡ヘ出ル。二リ也。ナゴ・二上山・イワセノ等ヲ見ル。高岡ニ申ノ上刻着テ宿。翁、気色不勝。暑極テ甚。

「滑川一リ程来、渡テ富山別…」というのは滑川から4キロほど歩くと常願寺川にぶつかるが、それを渡し舟で渡り、富山の町には入らず、東石瀬野への意味。東石瀬野は神通川河口右岸の北国街道の岩瀬宿(東岩瀬)のことだ。

 岩瀬から大川(神通川のこと)を渡し舟で渡り、ハウ生子(方生津)からはやはり渡し舟で庄川を渡っている。「甚大川也。半里計」とあるように、今とは違って庄川の河口は2キロあまりもあるような広々としたものだったようだ。小矢部川と一緒になって日本海に流れ出ていたのだろう。そんな庄川の河口を渡ったところで、ほんとうは雨晴海岸を通って氷見まで行きたかったのだが、それを断念し、高岡に向かった。

 

 そのような芭蕉の足跡を追ってカソリはスズキST250を走らせる。富山駅前を出発点にし、神通川右岸の県道30号で河口へ。富山港線の終着、岩瀬浜駅まで行き、富山港展望台に登り、神通川の河口と北国街道の岩瀬宿の町並みを見下ろした。岩瀬は江戸時代にでもタイムスリップしたかのような宿場町で、何軒もの廻船問屋の建物がそのまま残されている。そのうちの国の重要文化財にも指定されている「森家」を見学した。

 岩瀬から国道415号で神通川を渡る。富山新港の手前で国道415号と別れ、海側の道を行く。行止り地点まで行くと、富山新港の県営無料渡船に乗り、対岸の越の潟へ。そこには万葉線の終着、越の潟駅がある。方生津八幡宮に参拝し、新湊漁港前を通り、庄川、小矢部川を渡って伏木の町に入っていった。

 伏木から高岡に行く前に、芭蕉が行けなかった氷見へ、海沿いの道を走った。

 その途中の雨晴海岸の眺めはすばらしい。このあたりが芭蕉の句にある有磯海の中心。歌にも詠まれた景勝の地。ここはまた「義経伝説」の地で、雨晴岩は「義経雨はらしの岩」ともいわれている。文治3年(1187年)、義経の一行が北陸路を北上し、奥州に向かう時にここを通った。その際、にわか雨に見舞われ、一行はこの岩の下で雨宿りをしたという。近くには義経をまつる義経社もある。

「越中ブリ」で知られる氷見まで行くと、JR氷見線の終着駅、氷見駅前で折り返した。伏木に戻ると、古い家並みの残る伏木の町を走り、越中の一宮、気多神社を参拝した。

 伏木から高岡へ。その間では万葉のシンボルの二上山に登った。この山裾に越中の国府が置かれた。「伏木→高岡」間は見所満載。そして路面電車の走る高岡の町に入っていった。高岡では越中の一宮、射水神社を参拝し、「日本三大大仏」の高岡大仏を見た。

朝食を食べて富山駅前の「東横イン」を出発

▲朝食を食べて富山駅前の「東横イン」を出発

神通川河口の富山港展望台

▲神通川河口の富山港展望台

富山港展望台から見下ろす神通川の河口

▲富山港展望台から見下ろす神通川の河口

富山港展望台から見下ろす岩瀬の町並み

▲富山港展望台から見下ろす岩瀬の町並み

岩瀬宿の廻船問屋「森家」を見学

▲岩瀬宿の廻船問屋「森家」を見学

富山新港にかかる橋を建設中

▲富山新港にかかる橋を建設中

富山新港を渡る県営渡船がやってきた

▲富山新港を渡る県営渡船がやってきた

県営渡船で堀岡発着場を離れる

▲県営渡船で堀岡発着場を離れる

県営渡船上のST250

▲県営渡船上のST250

県営渡船から見る富山新港

▲県営渡船から見る富山新港

対岸の越の潟発着場に到着

▲対岸の越の潟発着場に到着

万葉線の終着、越の潟駅

▲万葉線の終着、越の潟駅

新湊漁港

▲新湊漁港

奈呉浦の大伴家持の歌碑

▲奈呉浦の大伴家持の歌碑

庄川の河口

▲庄川の河口

雨晴海岸の義経社

▲雨晴海岸の義経社

雨晴海岸の雨晴岩

▲雨晴海岸の雨晴岩

雨晴海岸から見る富山湾

▲雨晴海岸から見る富山湾

高岡の射水神社を参拝

▲高岡の射水神社を参拝

「日本三大大仏」の高岡大仏

▲「日本三大大仏」の高岡大仏

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