カソリング

生涯旅人、賀曽利隆の旅日記 60代編

ジクサー150分割日本一周[306]

投稿日:2022年6月23日

関西一周前編 10(2020年5月27日)

淡路の国府めぐり

淡路ICで神戸淡路鳴門道を降りる

淡路ICで神戸淡路鳴門道を降りる

淡路島の北端から見る明石海峡大橋

淡路島の北端から見る明石海峡大橋

淡路一宮の伊弉諾神宮に到着

淡路一宮の伊弉諾神宮に到着

伊弉諾神宮の鳥居

伊弉諾神宮の鳥居

 淡路ICで神戸淡路鳴門道を降りた。淡路島に入った。淡路、佐渡、隠岐、壱岐、対馬の5ヵ国は日本の「島国」になる。

 淡路島の北端から県道31号で西海岸を南下。

 阪神淡路大震災の「野島断層」が見られる旧北淡町を通り、旧一宮町では淡路一宮の伊弉諾(いざなぎ)神宮を参拝する。

 伊弉諾神宮の祭神は伊弉諾大神と伊弉冉大神。イザナギ、イザナミといえば「記紀」(古事記と日本書紀)の国生み神話の男神と女神だ。

 淡路島は「国生み神話」発祥の地。「記紀」によれば、大八州国(日本)のうち、一番最初にできたのが淡路島で、つづいて四国→隠岐→九州→壱岐→対馬→本州という順番で日本国ができあがっていったという。

 そんな北淡町と一宮町も今では淡路市に変わっている。平成の大合併で津名郡の5町が合併し、淡路市になった。

伊弉諾神宮の参道伊弉諾神宮の神門伊弉諾神宮を参拝

伊弉諾神宮の参道 伊弉諾神宮の神門 伊弉諾神宮を参拝

高田屋嘉兵衛公園の「日露友好の像」

高田屋嘉兵衛公園の「日露友好の像」

淡路島西岸の県道31号を行く

淡路島西岸の県道31号を行く

右手に小豆島、左手に四国本土を見る

右手に小豆島、左手に四国本土を見る

淡路国分寺跡にやってきた

淡路国分寺跡にやってきた

 旧一宮町から旧五色町に入る。旧五色町も津名郡だが、淡路市に入ることはなく、洲本市と一緒になった。このあたりの事情は興味深い。

 五色町は高田屋嘉兵衛生誕の地。江戸後期にこの地で生まれた高田屋嘉兵衛は28歳のときに蝦夷地の箱館(函館)に渡り、そこを拠点にして海運や造船、北洋での漁場の経営など幅広く事業を展開。さらに千島列島への航路を開き、択捉島を開発した。函館にはそんな高田屋嘉兵衛の功績を讃えて大きな銅像が建っている。

 一方、旧五色町の「ウエルネスパーク五色」には高田屋嘉兵衛とロシアのゴローニン提督が並んだ「日露友好の像」が建っているが、函館の巨大な高田屋嘉兵衛像と見比べてしまう。

 旧五色町(洲本市)から南あわじ市に入り、淡路の「国府めぐり」を開始する。旧三原町が淡路の国府所在地。南淡路市は三原郡の4町が合併して誕生した。その結果、淡路島は現在、北部の淡路市、中部の洲本市、南部の南あわじ市の3市になっている。

 旧三原町では八木国分にある淡路国分寺跡に行く。現行の淡路国分寺の境内には「淡路国分寺塔跡」の碑。本堂の大日堂には本尊の釈迦如来坐像がまつられているが、これは国指定の重要文化財。淡路国分寺の周辺には、淡路島特産のタマネギ畑が広がっている。

 旧三原町の国道28号と県道66号との交差点は「国衙」。国衙とは国府の国庁のことで、この一帯に淡路国府があったことをうかがわせる。国衙の交差点から県道66号を北に行った十一ヵ所には淡路総社の十一明神神社がある。

淡路国分寺跡の碑現行の淡路国分寺淡路国分寺跡周辺のタマネギ畑

淡路国分寺跡の碑 現行の淡路国分寺 淡路国分寺跡周辺のタマネギ畑

鳴門岬

鳴門岬

鳴門岬の道の駅「うずしお」

鳴門岬の道の駅「うずしお」

 旧三原町からは国道28号で旧南淡町に入り、鳴門海峡を目の前にする鳴門岬まで行く。道の駅「うずしお」の展望台から鳴門海峡の渦潮と、鳴門海峡をまたぐ大鳴門橋を見る。対岸は徳島県の大毛島だ。

 鳴門岬を最後に、淡路島南ICから神戸淡路鳴門道に入った。大鳴門橋を渡って徳島県に入り、鳴門ICで神戸淡路鳴門道を降りた。

 国道11号で徳島へ。徳島市に入ったところで、国道沿いの店で「徳島ラーメン」を食べ、JR徳島駅前でジクサー150を止めた。これにて「関西一周前編」は終了。ここから「四国一周編」が始まる。

鳴門岬から見る大鳴門橋国道11号沿いの店で「徳島ラーメン」を食べる今晩の宿は徳島駅前の「東横イン」

鳴門岬から見る大鳴門橋 国道11号沿いの店で「徳島ラーメン」を食べる 今晩の宿は徳島駅前の「東横イン」

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