5月11日(8)南相馬市
投稿日:2011年6月10日
常磐線の原ノ町駅前(南相馬市)を出発し、東電福島第1原発20キロ圏の北側から、通行止地点まで行ってみる。
まずは県道120号。この道は江戸時代の五街道に準じるくらいに重要だった陸前浜街道に相当する。
「相馬野馬追」のクライマックス、神旗争奪戦がくり広げられる雲雀ヶ原前を通り、寄り道して太田神社に行ってみる。ここは相馬のみなさんの心のふるさと。相馬野馬追の原町の騎馬武者はここから出ていく。倒れた石塔などが見られたが、太田神社は健在だ。
県道120号に戻ると、さらに南下。東電福島第1原発20キロ圏北側の通行止地点まで来ると、スズキDR-Z400Sを止め、その地点の写真を撮った。すると通りがかった兵庫県警のパトカーが停まり、けっこう厳しく調べられた。若い警官の言葉づかいは丁寧だったが、まるで被疑者を追い詰めていくような調べ方。幸いその地点での取調べですんだが、警察署にでもつれていかれたら、相当、調べられたであろうと思わせるもの。通行止の標識から一歩たりとも中には入っていないのに…。
このことからもわかるように、東電福島第原発事故現場からの20キロ圏にはピリピリした空気が漂っている。
「相馬野馬追」は相馬の中村神社、原町の太田神社、小高の小高神社が重要な役割を果たすが、それら3社のうち、小高神社は「20キロ圏」に入っている。相馬野馬追の今年の開催を心から願っているが、小高神社抜きで祭りができるのだろうか…。
県道120号からは再度、太田神社まで行き、その前の道を通り、国道6号に出た。
ここでも同じように国道6号を南下し、今度は通行止地点のすこし手前でDRを止めた。通行止地点では警視庁の警官が検問をしていた。原発事故方面からは次々と自衛隊の車両が相馬方面にやってきた。1日の作業を終えた車両なのだろう。
こうして県道120号、国道6号、2地点の通行止地点を見たところで原町の原ノ町駅前に戻ったが、あらためて「東電福島第1原発事故20キロ圏内立入禁止」が福島の浜通りをズタズタに切り裂いてしまったことを実感した。