カソリング

生涯旅人、賀曽利隆の旅日記 60代編

アドレス日本巡礼[002]

投稿日:2014年3月8日

最初の国境を越える

四国八十八ヵ所めぐり 2009年4月1日

 多摩川を渡って神奈川県に入ったが、神奈川県内には川崎、神奈川、保土ヶ谷、戸塚、藤沢、平塚、大磯、小田原、箱根と全部で9つの東海道の宿がある。それら9宿はそれぞれに個性があって、宿場めぐりは面白い。
 そのうち川崎宿から神奈川宿までの旧東海道は、国道15号のすぐ脇を通っている。保土ヶ谷宿から小田原宿の間は、ほぼ国道1号に沿っている。小田原宿から箱根宿の間は畑宿経由の旧道を行った。

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川崎宿の国道15号

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神奈川宿の小学校の壁画

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武蔵と相模の国境の権太坂

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戸塚宿の開かずの踏切

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藤沢宿の遊行寺の一遍上人像

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大磯宿の松並木

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小田原宿の小田原城

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相模と伊豆の国境の箱根峠

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伊豆の一宮、三島大社の桜

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伊豆の一宮、三嶋大社を参拝

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竹倉温泉「錦昌館」

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竹倉温泉「錦昌館」の夕食

 川崎宿の中心は京急川崎駅の周辺で、そこには田中本陣跡や佐藤本陣跡といった本陣跡がある。駅前の「いさご通り」は旧東海道を前面に出してアピールしている。川崎宿は相当にぎわったとのことだが、東海道を行き来する旅人のみならず、多摩川の河口近くにある厄除けの大師堂(川崎大師)へ参詣者も多かった。

 神奈川宿は京急線の神奈川新町駅から神奈川駅の間の一帯で、国道15号から1本入った旧東海道の細道沿いには、オランダ領事館跡の公園やフランス領事館跡の慶運寺、アメリカ領事館跡の本覚寺などがあり、この地が横浜開港当時の中心地になっていたことがよくわかる。そのすぐ先が横浜駅周辺の高層ビル街。江戸時代の横浜は名もなき寒村、というよりも海の中だった。

 保土ヶ谷宿と戸塚宿の間では権太坂を越えるが、この峠が昔の武蔵と相模の国境。そこには境木地蔵がまつられている。権太坂は日本橋を出て最初に越える国境になるが、「東海道53次」は国境に目を向けると、よりおもしろいものになる。
 戸塚宿の入口には見附(通行人の監視所)跡と一里塚跡、東海道線の戸塚駅近くには本陣跡がある。藤沢宿では時宗の本山の遊行寺があり、開祖一遍の像が建っている。平塚宿には見附跡、脇本陣跡、本陣跡…といった石碑が旧東海道沿いに点々と立っている。

 平塚宿から花水川を渡ると大磯宿だが、こんもりとした高麗山は東海道沿いでは一番の自然の宝庫。緑濃い照葉樹林が全山を覆っている。東海道線の大磯駅近くの国道1号沿いが大磯宿の中心になるが、そこを抜け出たところには東海道の松並木が残されている。
「おー、これぞ東海道!」
 という気分にさせてくれる大磯の松並木だ。
 大磯からは国道1号で小田原へ。小田原は東海道の宿場町であるのと同時に、東海道屈指の城下町。北条五代の時代には「東の小田原、西の山口」とわれるくらいに繁栄を謳歌した。徳川以降は大久保氏11万3000石の城下町だが、小田原城は関東防衛の要とされた。

 小田原宿から「箱根八里」に入っていく。8里(約32キロ)というのは伊豆の三島宿までの距離。その間では箱根関所と箱根峠を越えなくてはならない。この間はかつての東海道の最大の難所になっていた。
 箱根湯本駅の手前で国道1号を左折し、早川にかかる三枚橋を渡り、北条早雲の墓のある早雲寺前を通り、畑宿へと登っていく。その途中には石畳の旧街道が残されている。寄木細工で知られる畑宿から芦ノ湖畔の元箱根へ。国道1号に合流して下った元箱根は、「箱根権現」で知られる箱根神社の門前町だ。朱色の大鳥居が目を引く。

 元箱根の先には東海道の杉並木が残り、箱根関所を越えたところが箱根宿になる。本陣が6軒もあったということだが、この数は東海道随一。6軒の本陣は、いかに箱根峠の峠越えが大変だったかを証明している。
 箱根宿から国道1号を登りつめると、標高846メートルの箱根峠に到達だ。
 箱根峠は神奈川・静岡の県境の峠であり、相模・伊豆の国境の峠であり、さらには東国と西国を分ける峠にもなっていた。まさに日本を東西に大きく二分する峠なのだ。
  三島照る照る
  小田原曇る
  あいの関所は雨が降る

 と、唄われたように、箱根峠を境にして天気も大きく変る。
 そんな箱根峠を越えて静岡県側を下っていく。ヒラリヒラリとまるで宙を舞うかのように箱根峠を駆け下る。アドレスの軽快な走りの良さはたまらない。
 峠下の錦田の一里塚を見、初音ヶ原の石畳を歩いたあと三島宿に入っていく。旧東海道沿いにある伊豆国の一宮、三島大社を参拝。境内の桜は8分咲きで日本の春を強く感じさせた。参拝を終えると、三島郊外の竹倉温泉に行き、「錦昌館」に泊まった。鉄泉の赤湯に入ったあと刺身の盛り合わせ、ホタルイカ、サザエの壺焼き、エビのフライ、筍の煮物、茶碗蒸し…の夕食を食べた。


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