カソリング

生涯旅人、賀曽利隆の旅日記 60代編

アドレス日本巡礼[256]

投稿日:2015年4月13日

万葉の岬へ

西国三十三ヵ所めぐり 2009年5月22日

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ロープウエイで書写山を下る

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山陽道が真下に見える

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姫路城

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姫路から国道250号を行く

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室津港

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家島諸島が見える

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「万葉の岬」の金ヶ崎

「西国33ヵ所」第27番札所の圓教寺の参拝を終えると、ロープウエイで書写山を下り、姫路の中心街に戻った。姫路城を見たあと、海沿いの国道250号で岡山へ。揖保川の河口を渡ってたつの市に入り、室津を通る。今では瀬戸内海の小さな漁港でしかないが、ここは奈良時代からの港で「摂播五泊」のひとつ。江戸時代は大坂(大阪)と蝦夷を結ぶ日本海航路の重要港で、出船、入船の千石船でにぎわった。西国大名の乗下船地としても栄え、往時の町並みが残り、本陣も残っている。「室津千軒」といわれるほど繁栄した室津だったが、明治以降の汽船や鉄道の出現で衰退した。

 たつのと相生の市境までくると、瀬戸内海に突き出た金ヶ崎まで行ってみる。岬の突端からは家島諸島の島々がよく見える。そこは「万葉の岬」。「縄の浦ゆ背向きに見ゆる奥つ島漕ぎ廻る舟は釣しすらすも」の、万葉を代表する歌人、山部赤人の歌碑がある。「縄の浦」は金ヶ崎の西側の相生湾のことだ。「室の浦の湍門の崎なる鳴島の磯越す浪に濡れにけるかも」の、作者不詳の万葉歌碑もある。「室の浦」は藻振鼻から金ヶ崎にかけての室津湾のこと。室津港は東側の藻振鼻と西側の金ヶ崎という2つの岬の間に位置する天然の良港だ。「鳴島」は金ヶ崎眼下の君島、金ヶ崎と鳴島の間が「湍門」になる。

 金ヶ崎をあとにすると、波静かな相生湾岸を走る。対岸には石川島播磨の造船所が見える。相生の町に入り、中国風建物の道の駅「あいおい白龍城」でアドレスを止める。そこには「相生ペーロン祭」の「ペーロン船」が展示され、次のように書かれた案内板が立っている。

「相生ペーロン祭」は播州路に初夏を告げる一大イベントで、毎年5月の最終日曜日に相生港で盛大に開催されます。その前日(土曜日)にはおよそ4500発の花火が打ち上げられる豪華な海上花火大会が開かれます。ペーロンの起源は紀元前3世紀の中国の戦国時代、白龍(パイロン)という小舟で競漕したのが始まりだといわれています。ペーロンはパイロンの訛ったもので、我が国に伝わったのは江戸時代初期の1655年のこと。中国船が長崎港を訪れた際、強風のために出港できず、船員が海神の怒りを鎮めるためにペーロン競漕を湾内で行ったのが始まりです。相生市では大正11年、長崎県出身の造船所従業員が異郷でふるさとをしのんで始めたのが相生ペーロンの起こりです。この艇は第五代目ペーロン船の『天龍』です。長さ12m、幅1・58mで、艇長1名と舵取1名、太鼓1名、銅鑼1名、漕手28名の計32名が乗り組み、漕手は艇長の采配に従って中国特有の銅鑼と太鼓の「音」に合わせて力漕するのです。

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波静かな相生湾 相生の造船所 「相生ペーロン祭」のペーロン船

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