アドレス日本巡礼[287]
投稿日:2015年6月10日
最後の山城
西国三十三ヵ所めぐり 2009年5月26日
「近江八幡探訪」はまだまだつづく。「朝鮮人街道」を歩いたあとは、9:00始発の八幡山ロープウェー(往復800円)で八幡山(271m)を登る。山全体が八幡城の城跡になっている。西の丸址からは琵琶湖を見下ろす。対岸には比良山地。鳥谷山、白滝山、蓬莱山といった1000m級の山々が連なっている。最高峰は北の武奈ヶ岳(1214m)だ。北の丸址からは安土城跡の安土山(198m)を見る。その右手にはこれから行く「西国33番」第32番札所の観音正寺。二の丸址からは近江八幡の町並みを見下ろす。八幡城跡には現在、石垣が残るのみだが、山頂の本丸址には瑞龍寺が建っている。
八幡城は天正13年(1585年)に豊臣秀次(秀吉の甥)によって築城された。本丸、二の丸、北の丸、出丸から成る城郭を持ち、南側の山麓に秀次の邸宅があったとされ、日本の山城としては最後の城になるという。
築城から5年後に秀次は清州への移封となり、京極高次が城主になった。その5年後に秀次は自刃。豊臣秀吉の跡継ぎの秀頼が生まれたからだ。それとともに秀次の築いた八幡城は廃城になった。築城からわずか10年後のことだった。
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