アドレス日本巡礼[291]
投稿日:2015年6月17日
象が泊まった宿場町
西国三十三ヵ所めぐり 2009年5月26日
「安土探訪」を終えると、中山道の武佐宿へ。宿場の案内図には、異国風の笠をかぶった男が象に乗っている姿が描かれている。この絵図は享保13年(1728年)6月に日本に輸入された象が翌年の3月、大坂、京都、大津を経て、この武佐宿で一泊したときの様子を描いたものだという。
武佐はその昔は「牟佐」とか「身狭」と書かれたとのことだが、江戸時代の中山道以降は「武佐」になった。宿場内の牟佐神社に「牟佐」の古名が残っている。中山道の宿駅として人夫50人、馬50駄を常備し、本陣、脇本陣が1軒づつあり、問屋は2軒あり、旅籠は全部で23軒あったという。
近江鉄道の武佐駅、本陣跡の下川家と見てまわり、宿場の入口にある奥石神社を参拝する。奥石神社は和歌などにも詠まれた「老蘇の森」で知られているが、本殿は織田信長が寄進したものだという。ここからは信長の築いた安土城がすぐ近くに見える。「老蘇の森」は老蘇小学校にその名を残している。
武佐宿をめぐったあとは、国道8号沿いの「近江八幡友定食堂」で昼食を食べ、すぐ近くの「西国33ヶ所」第32番の観音正寺に向かうのだった。
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