カソリング

生涯旅人、賀曽利隆の旅日記 60代編

アドレス日本巡礼[352]

投稿日:2016年5月11日

二荒(ふたら)が日光になる

坂東三十三ヵ所めぐり 2009年6月12日

「桐生織物記念館」を見学する

「桐生織物記念館」を見学する

「桐生織物記念館」の内部

「桐生織物記念館」の内部

葛生周辺の石灰石の採石場

葛生周辺の石灰石の採石場

第17番出流観音への道

第17番出流観音への道

第17番出流観音の仁王門

第17番出流観音の仁王門

仁王門の仁王像(左)

仁王門の仁王像(左)

仁王門の仁王像(右)

仁王門の仁王像(右)

第17番出流観音の本堂

第17番出流観音の本堂

 前橋駅前を出発。前橋からは国道50号を行く。織物の町、桐生では町中に入り、「桐生織物記念館」を見学。「桐生織」の歴史は古く、その起源は1300年以上も前にさかのぼるという。徳川家康が関が原の合戦で用いた軍旗も桐生織だという。展示されている蚕から生糸ができるまでの一連の行程は興味深かった。

 桐生から足利へ。桐生と足利は「どっちが群馬県で、どっちが栃木県?」とわからなくなってしまうことがあるが、県境をはさんで西の桐生が群馬県、東の足利が栃木県だ。

 足利からは国道293号で葛生へ。葛生から北へ、県道200号などを経由して「坂東三十三ヵ所」第17番札所の出流観音(満願寺)に向かっていく。このあたりには石灰岩の採石場が多い。

 出流観音の山門は、堂々とした造りの仁王門。左右の仁王像をじっくりと見られる。本堂も見事な造りで、奈良興福寺の大御堂、筑波山の大御堂(現在の筑波神社本殿)とともに「日本三大御堂」のひとつに数えられている。本堂の彫刻にも眼を奪われる。本尊は千手観音だ。

 出流観音は天平神護元年(765年)、勝道上人によって開基する。出流観音の霊窟で修行した勝道上人は、第18番札所の立木観音をも開基する。勝道上人というは日光を開山した人物。日光は男体山の別名の二荒山から来ているが、「二荒(ふたら)」というのは観音浄土の「補陀落(ふだらく)」に通じ、音読みすると「にこう」になる。その「にこう」を漢字にしたのが「日光」。勝道上人は男体山に観音浄土の世界があると信じ、麓に中禅寺を建て、山頂に二荒山神社をまつった。男体山は長らく神仏混交の山岳信仰の聖地だった。

 出流観音の参拝を終えると、門前の「福寿屋」で「出流そば」の「ざるそば」(650円)を食べる。門前には何軒かの「出流そば」の店がある。

 出流観音から葛生に戻ると、国道293号→国道121号で日光の中禅寺湖へ。中禅寺湖畔に第18番札所の立木観音(中禅寺)がある。朱塗りの仁王門をくぐり、本堂を参拝。本尊は千手観音。立木観音を開基した勝道上人が舟で中禅寺湖をめぐっていると、湖上に千手観音があらわれたという。そこで立木のままの桂の巨木に観音の姿を彫り刻んだのが本尊の「立木千手観音」なのだという。

第17番出流観音の本堂の彫刻「出流そば」の「福寿屋」天日でソバを干している

第17番出流観音の本堂の彫刻 「出流そば」の「福寿屋」 天日でソバを干している

「福寿屋」の「ざるそば」中禅寺湖と男体山第18番立木観音の仁王門

「福寿屋」の「ざるそば」 中禅寺湖と男体山 第18番立木観音の仁王門

第18番立木観音の鐘楼第18番立木観音の本堂第18番立木観音の鬼の像

第18番立木観音の鐘楼 第18番立木観音の本堂 第18番立木観音の鬼の像

Comments

Comments are closed.