奥の細道紀行［37］

投稿日：2016年9月29日

尿前の関を越える

宮城県鳴子温泉／2009年

　東鳴子温泉「初音旅館」の朝湯に入る。大浴場は黒湯、岩風呂は無色透明無味無臭の湯。最高にいい気分で部屋に戻ると、JR陸羽東線の鳴子御殿湯駅に鳴子方面行きの列車が入ってくるのが見えた。「初音旅館」は駅前温泉旅館なのだ。部屋の窓を開け、走り出していく列車を眺めた。

　運ばれてきた朝食を食べる。夕食のみならず朝食も部屋食なのがうれしい。アジの干物、目玉焼き、山菜料理、豆腐…をおかずに、しっかりと朝食をいただいた。ご飯がうまい。これが東北旅の大きな魅力。どこに行っても、どこに泊まってもおいしいご飯を食べられるのが東北だ。

　名残おしい「初音旅館」を出発。おかみさんは「お弁当に」といっておにぎりを握ってくれた。おかみさん、若旦那に見送られて走り出す。

　東鳴子温泉から鳴子温泉まではわずかな距離。国道47号を左折し、東北でも有数の温泉地、鳴子温泉の温泉街に入っていく。まずは温泉神社に参拝。ここは鳴子温泉発祥の地といってもいいような所。温泉神社には次のように書かれている。

仁明天皇承和4年（837年）、爆発によって潟山が吹きとばされ、熱湯が川となって流れ、沸き立つ音が雷のようであったので温泉が湧き出た所に温泉神を祀り神の怒りを鎮めたことが『続日本後記』に見える。清和天皇貞観光5年（863年）に従五位下をおくられた。延喜式内社玉造三座の1社で祭神は大巳貴少彦名命である。

　このように鳴子の噴火がおどろおどろしく書かれているが、温泉神社のような延喜式内社というのは東北では数少ない。温泉神社の参拝を終えると、神社のすぐ下にある鳴子温泉の共同浴場「滝乃湯」に入った。

　鳴子温泉の次ぎは尿前の関だ。

　国道47号を右に入り、坂を下ったところが尿前の関跡。芭蕉はこの関を越えるのに相当、苦労したようだ。関守に怪しまれたからだ。

尿前の関

　南部道遥かに見やりて、岩手の里に泊まる。小黒崎・みづの小島を過ぎ、鳴子の湯より尿前の関にかかりて、出羽の国に越えんとす。この道旅人まれなる所なれば、関守に怪しめられて、やうやうとして関を越す。大山を登って日すでに暮れければ、封人の家を見かけて宿りを求む。三日風荒れて、よしなき山中に逗留する。

　　蚤虱馬の尿する枕もと

『おくのほそ道』

「尿前の関」前の森にはその句碑が建っている。表面には芭蕉、右には俵坊鯨大、左には主立周谷、裏面には尿前連中、「蚤虱馬の尿する枕もと」、明和五戌子六月十二日と刻み込まれている。

　これは芭蕉が尿前の関を通過して約80年後に建てられたもの。北羽前街道尿前宿の人たちが、芭蕉の尿前通過を記念して建てた句碑なのだという。

　そんな尿前の関跡の一角には芭蕉像が建っている。

　尿前の関跡を出発し、国道47号で鳴子温泉郷の最後の温泉、中山平温泉を通り、宮城・山形県境の中山峠（中山越）を登っていく。登り坂の勾配は急だが、峠上は平坦な地形。そこに堺田の集落がある。

　岩手山を発った日、芭蕉は尿前の関を通り、中山峠を登り、峠上の堺田で泊まった。

　岩手山から堺田までの行程は、曽良の「随行日記」では次のようになっている。

十五日	小雨。かぢハ沢　此宿ヘ出タル、各別近し。　此間、小黒崎・水ノ小嶋有。名生貞ト云村ヲ黒崎ト、所ノ者云也。其ノ南ノ山ヲ黒崎山ト云。名生貞ノ前、川中ニ岩嶋ニ松三本、其外小木生テ有、水ノ小嶋也。今ハ川原、向付タル也。古ヘハ川中也。宮・一ツ栗ノ間、古ヘハ入江シテ、玉造江成ト云。今、田畑成也。尿前関所有、断六ヶ敷也。出手形ノ用意可有之也。壱リ半中山。堺田

「名生貞」とあるのは『ツーリングマップル東北』にのっている「名生定」で、その近くには名所として小黒ヶ崎（小黒崎）と美豆の小島（水ノ小嶋）ものっている。芭蕉は尿前の関では「手形の用意」とあるが、今の時代でいえば国境にたどり着き、パスポートを用意するようなもの。関守に怪しまれたとあるから、持物一切を調べられたのかもしれない。そのようにして尿前の関を越え、奥羽山脈の峠、中山峠の峠上の集落の堺田に到着。

「奥の細道」は堺田でもって「奥州編」が終り、堺田からは「羽州編」がはじまる。

［36］再び足跡を追う

［38］「羽州編」始まる