ジクサー150分割日本一周[04]
投稿日:2020年5月13日
三陸鉄道に乗り換える
久慈駅から三陸鉄道で宮古へ。
12時13分発の宮古行きに乗る。1両編成のディーゼル。車内はガラガラだ。次の陸中宇部駅を過ぎると野田村に入り、陸中野田駅に止まる。ここは国道45号の道の駅「のだ」と一緒になっている。バイクで国道45号を走るときは、いつもここで止まって名物の「野田塩ソフト」を食べている。
野田村から安家川の河口を渡り、普代村に入ると堀内(ほりない)駅に止まる。ここは海のすぐそばの駅。国道45号からも見下ろせるので、三陸鉄道の絶好の撮影ポイントになっている。
普代駅を過ぎ、田野畑村に入ると、田野畑駅、島越駅と海辺の駅に止まる。
島越駅を出るとトンネルの連続で海は見えない。
岩泉町から宮古市に入ると摂待駅、田老駅に止まる。
なつかしの田老駅
田老駅は忘れられない駅だ。
2011年の東日本大震災以降、ぼくは何度となくバイクで「鵜ノ子岬→尻屋崎」を走っている。鵜ノ子岬は東北太平洋岸最南端の岬、尻屋崎は東北最北端の岬になる。「鵜ノ子岬→尻屋崎」を走ることによって、大津波で大きな被害を受けた東北の太平洋岸の全域を見つづけようとしているのだ。
2012年の「鵜ノ子岬→尻屋崎」では夕暮れ時に宮古を出発。国道45号を北に向かったが、そのころから雪が降り始めた。宮古を境にして天気が変わることがよくある。バイクはVストローム650。田老に近づくと国道45号の路面はまっ白になった。ツルツル滑り、転倒しないように走るので精一杯。
田老に着いたときは、「もう無理だ」と観念し、田老駅の屋根つきの駐輪場にVストローム650を止めた。国道45号から田老駅までの間のわずかな下り坂がどれほど怖かったことか。
このときは何ともラッキーなことに、宮古からはKOSHIさんが車で同行してくれていた。
田老駅にVストローム650を置くと、KOSHIさんの車でその日の宿の「グリンピア三陸みやこ」まで送ってもらった。田老駅から10キロ以上はある。まさに地獄のあとの天国とはこのことで、雪と大格闘したのが幻だったかのように、大浴場の湯にどっぷりつかった。湯から上がるとレストランで生ビールを飲み、海鮮料理を食べた。
翌朝は快晴の青空。「グリーンピア三陸みやこ」から田老駅までバスで行くと、午前中は田老を歩き、昼になって雪が溶けたころ、Vストローム650で走り出したのだ。
難関突破、釜石へ
三陸鉄道の宮古駅到着は13時54分。もうここまで来ると、雪は見えない。久慈と宮古ではずいぶんと違う。
宮古から釜石までは最大の難関。ほんとうに行かれるのかどうか、わからなかった。三陸鉄道に移管されるJR山田線の復旧工事がつづき、この間にはJRの代行バスも走っていなかった。
宮古駅に到着すると、すぐさまバス路線を調べ、釜石まで行けるとわかったときはうれしかった。もしダメなら山田線で盛岡に出るしかなかった。三陸鉄道の全線に乗りたかったので、そのときは盛岡から花巻まで行き、釜石線で釜石まで行こうと思っていた。
宮古駅前発14時20分の田の浜行きの岩手県北バスに乗った。
15時20分、国道45号の道の駅「やまだ」のバス停に到着。ここで15時43分発の上大城行きの岩手県交通のバスに乗り換える。
山田から大槌、鵜住居を通り、釜石駅前に到着したのは16時31分。釜石駅までやってくることができて心底、ホッとした。
釜石駅前の「シープラザ釜石」で「シーフードカレー」を食べ、釜石駅の「ホテルフォルクローロ」に泊るのだった。
宮古駅前からバスで釜石へ | 宮古のバス路線図 | 岩手県北バスに乗って宮古を出発 |
国道45号の道の駅「やまだ」に到着 | 道の駅「やまだ」で岩手県交通のバスに乗り換える | 釜石市に入った。ここは鵜住居 |
岩手県交通のバスは釜石駅前に到着 | JR釜石線の釜石駅 | こちらは三陸鉄道の釜石駅 |
釜石駅前の「シープラザ釜石」で夕食。「シーフードカレー」を食べる | 今晩の宿は釜石駅の「ホテルフォルクローロ」 | 「ホテルフォルクローロ」の部屋から見る夜の釜石駅。JR釜石線の列車が見えている |