ジクサー150分割日本一周[328]
投稿日:2022年8月18日
関西一周後編 11(2020年6月2日)
近江の国府めぐり(その1)
国道307号の裏白峠を越えて近江(今の滋賀県)に入ると、そのまま国道307号を走り、信楽に行く。
信楽には聖武天皇が一時、都にした紫香楽宮があるが、そこの寺院跡は近江国分寺の跡だという。
中門址から金堂址、僧房址と歩いたが、金堂址には紫香楽宮が祀られている。
紫香楽宮址の案内板には寺院の復元図が描かれ、次のように書かれている。
天平14年(742年)、恭仁宮の造営中であった聖武天皇は、恭仁より東北の道を開き、信楽に離宮の造営を始めた。たびたびの行幸の後、天平17年(745年)の正月には、ここを京として百官朝賀の新年の儀式をとり行った。朱雀門や大安殿、朝殿などが建ち。役所もこの地に移って都の造営が続けられようとしたが、同年4月ごろから周辺の山々に大火災があいつぎ、その上地震などの災害も起こって人心の不安がつのったため、ついに同年5月、都は奈良の平城京へと戻された。
この遺跡は紫香楽宮造営の一環として建てられた寺院の遺跡であって、後に甲賀宮国分寺となったと推定されている甲河寺の遺構とみられ、東大寺に先立つ寺院の遺跡としてきわめて重要である。なお聖武天皇はこの間の天平15年(743年)、大仏造立の詔勅を発し、この地で造仏は開始された。しかし遷都によってここでは完成にいたらず、後に東大寺として大仏は完成したのである。
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